第16回大学教育研究フォーラム 2010年3月19日(金)13:30-16:00 京都大学

ラウンドテーブル企画 

 

批判的思考力を育てる:学士力,ジェネリックスキルの認知的基盤

 

企 画 者・話題提供者    

楠見 孝   (京都大学教育学研究科)

話題提供者:   

道田泰司 (琉球大学教育学部)

沖林洋平 山口大学教育学部

武田明典  (神田外語大学外国語学部)

司 会 者:    

子安増生  (京都大学教育学研究科)

 

企画の趣旨                               

楠見 孝

本ラウンドテーブルでは,批判的思考力の育成を学士力,ジェネリックスキルの認知的基盤という観点から検討する。2007年9月に中教審で言及された,各専攻分野を通じて培う「学士力」においては,(知的活動でも職業生活や社会活動でも必要な)汎用的技能(ジェネリックスキル)として論理的思考力や問題解決力,コミュニケーション能力などが位置づけられている。さらに,多文化理解や態度・志向性,創造的問題解決なども挙げられている。これらは批判的思考力を中核とするジェネリックスキルに支えられていると考える。本ラウンドテーブルでは,私たちが,4年間にわたって進めてきた科研基盤研究(B)「批判的思考の認知的基礎と教育実践」のまとめとして,4人の話題提供者が,教養教育、専門教育、教職教育などにおいて,多角的手法で進めてきた教育実践について紹介 しました。さらに,学士力,ジェネリックスキルとの関連やその認知的基盤をどのように考えるかについて,参加者とともに考 えました。多くの方のご参加ありがとうございました。

 

 

批判的思考と学士力,ジェネリックスキルの相互関連と評価            

楠見 孝  

従来,小中高大の教育は,個別領域の知識やスキルの育成に重点を置いてきたが,ジェネリックスキルの育成やその評価についてはあまり注目されていなかった。近年ジェネリックスキルは、大学教育において、専攻分野にかかわらず、学部教育で習得すべき内容として,学士力の構成要素として位置づけられている(中教審, 2007)。さらに,ジェネリックスキルとくに批判的思考力は,大学教育における成果の指標としてのアウトカム評価や高等教育版PISAAHELO)においても重視されている。

こうした動向を踏まえて,私たちの研究グループでは、批判的思考を育成するために,高大接続から始まり、大学4年間にわたる実践を進めその体系的な教育を目指してきた。あわせて、教材や授業案を作成し、批判的思考の能力と態度を測定する標準化尺度の開発を進めてきた本発表では,それらの概要を紹介し,批判的思考力を,学士力として大学教育のアウトカム評価と考える際の問題点と,今後の課題について論じたい

 

他者との相互作用を通した思考力育成をめざす授業実践         

道田泰司  

本発表では,学問リテラシーと関連した批判的思考力の育成を,大学4年間の展望のなかで検討する。大学生として最終的に身につけるべき思考力は,研究を適切に理解し適切に遂行するために合理的かつ反省的に考えられるようになること,すなわち「研究者として考える」ようになることである。

その前段階として必要な批判的思考力は「問うこと」(questioning)と考える。質問をすることは批判的思考の根本的要素であり(Gray, 1993; King, 1995),批判的に考えるための第一歩であると同時に強力な武器であるからである(野矢, 2001)。さらにその前段階として必要なことは,他者の考えを受容するにあたって,能動的に自分で考えながら要点を理解して受け入れること,すなわち「思考を通した能動的理解」と考える。

本発表では,これらのことを実現するための大学教育実践スタイルを提案する。それは,受講生が他者との相互作用を行い,自分たちの考えを「問い」や「結論」という形で表明し,それを踏まえて授業者が講義を行うというものである。他者と相互作用をすることで思考の幅や深さが広がり,問いや結論という生成物を求めることでより確かな思考をする必要性が生まれ,学生の問いや理解を踏まえて講義を行うことで,授業者はより効果的な知識提示が可能となり,学生のより深い理解を促すと考える。

 

2講義,moodleを用いた同期的・非同期的ディスカッションによる実践   

沖林洋平  

本発表では,2大学間での大規模講義におけるCSCL (Computer supported collaborative learning)を用いた遠隔授業における同期的・非同期的ディスカッションの効果について検討する。授業運営の補助的ツールとして,CSCLを利用する大学も標準的となっている。しかし,教材の保存やメール配信等の用途に用いられるにとどまることが多く,ツールの本来の用途である協同学習の支援として用いられることは少ない。CSCLのようなITを用いた教育には,とりわけ文系の学生は抵抗感を示すことが多い(沖林ら,2008)が,対面でのディスカッションを苦手とする学生にとっては,CSCLによって非対面状況における非同期的ディスカッションを行うことができるという教育実践の成果も指摘されている(Beeghly2008)。これまでのCSCLを用いた授業は,10名程度を基準とする小規模なものが一般的であった。小規模であることが非同期的ディスカッションの促進を活性化したことも考えられるが,沖林ら(2008)は,約100名が受講した大規模講義においてCSCLを用いた協同的読解活動を実施した。その結果,「他者の意見が参考になった」というような,他者の意見を参照する活動を報告する学生もいることが分かった。そこで,本発表においては,より多くの意見の参照対照を設定することとした。具体的には,2つのクラスを連動させて授業を実施し,CSCLのシステムMoodleを用いた協同的読解活動の実践を行った成果について検討する。

 

初年次教育およびリフレクティブ・プラクティスの    教養基礎科目の実践 

武田明典 

初年次教育に位置づけられる神田外語大学必修科目「基礎演習」(1年・前期;2単位)において,報告者は2003年度から批判的思考を取り入れた授業実践を試みた(武田ら,2006)。ここではテキスト(道田・宮元,1999)および「NIE(教育に新聞を)」を併用し,グループ討論形式で,最終的には選択テーマについて,3紙報道の相違点や記者の論旨について批判的に分析・発表させている。本実践は学士課程教育の導入であり,その後4年間にわたる批判的思考の態度育成をねらいとする。量的な事前・事後評価では必ずしも統計学的な有意性は示されないものの,質的には変化がみられ,また4年後の追跡調査を報告する。また,本実践と関連し,報告者が日本に紹介しているサイコエデュケーション(心理教育)としての「リフレクティブ・プラクティス(内省訓練)」(Takeda et al2002;武田ら,2007)については,「教職課程」「教養基礎」「ゼミ演習」等の科目分類において授業設計が可能であり,授業実践を報告する。両実践共に,思考・態度獲得の評価に関しての尺度開発が求められ,分析途中のこれらについても今後の課題として話題提供したい。

 

 

 

参考:これまでの関連シンポジウム

第15回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル 「批判的思考力の育成のための教育実践と認知的基礎

第14回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル「学習者間インタラクションを通した批判的思考力と高次リテラシーの育成」

 

ワークショップ[批判的思考の認知的基礎と実践](終了) (2004.2)

シンポジウム[批判的思考の心理学的基礎と実践] 日本心理学会第68回大会 (2004.9)

批判的思考の認知的基礎と教育実践 第1回研究会   第2回研究会     第3回研究会  第4回研究会

 

 

 

2010.3.23