第15回大学教育研究フォーラム 2009年3月21日(土)13:30-16:00 京都大学(吉田南1号館)    

 

批判的思考力の育成のための教育実践と認知的基礎

 

企画者:       

楠見 孝  (京都大学教育学研究科)

話題提供者:  

道田泰司 (琉球大学教育学部)

沖林洋平 (山口大学教育学部)

田中優子  (京都大学教育学研究科)

楠見 孝  (京都大学教育学研究科)    

司会者:       

子安増生  (京都大学教育学研究科)

 

  企画の趣旨                         

 

  楠見 孝

 

本ラウンドテーブルでは,批判的思考力育成のための教育実践について,話し合う,問を出す,アイデアを出す,状況に基づいて判断をするといった認知的基盤とともに,学習者が獲得した能力や態度をいかに測定するのかについて検討する。具体的には,道田は「話し合い/質問生成を通した思考力育成」として,比較的大人数になりやすく,また,一定の知識伝達を目的とした共通教育や教職の講義科目において,小グループでの話し合いの時間を取ることで学生の批判的思考力育成を試みた授業実践を報告する。沖林は,「討論を取り入れた授業による学生の批判的思考態度」として,情報の多面的判断能力の向上に関する実践研究を報告する。田中は,「批判的思考の使用判断の国際比較」として,批判的思考使用が目標や文脈によって促進・抑制されることの国際比較研究の報告をする。楠見は,「批判的思考教育実践と効果測定」として,授業における批判的思考教育実践と効果測定,さらに高等教育の成果測定の問題を検討する。最後に参加者全体で討論をおこなう。

 

 

話し合い/質問生成を通した思考力育成 道田泰司

 

一口に大学生を対象にした批判的思考力育成といっても,どのような思考力育成が必要/可能かは,学年や科目の位置づけによって異なると考える。大学4年生に調査すると,ゼミや卒業研究を通して思考力や論理力が高められたと報告する学生は多いが(道田, 2003, 日本心理学会発表論文集),専門以外でも,1年生には1年生の,2年生には2年生の思考力育成がありうるであろうし,するべきだと考える。

 本発表前半では,大学1年生の多い共通教育科目(心理学概論)で,「出された問いに対して,教科書などを元に自分なりの答を出す」という思考力育成を試みた実践を報告する。講義科目で学生は受動的に知識を吸収しがちだが,教科書を読み,他者と意見を交流して答を作る中で,能動的に情報を理解し,他人との意見の相違を理解し,自分なりの解を作ることのできる思考力育成を目的とした。

 本発表後半では,大学2年生中心の教職科目(教育心理学)で「質問」を軸に思考力育成を試みた実践を報告する。グループで質問を作らざるを得ない場面や,他人の質問に触れられる場面をいくつか用意し,疑問を通して理解が深まることを実感することで,物事に疑問を感じ,それを表現し,能動的に学ぶ力を育てることを目指した。

 

討論を取り入れた授業による学生の批判的思考態度 沖林洋平

 

本発表では,発表者が学部選択専門科目において実施した心理学の講義科目の実践を通して試みた学生の批判的思考態度と能力の育成について検討する。

授業科目の目的は,学生の心理学に対する知識習得であったが,当該授業では,それら専門的知識の習得について,授業ごとにテーマについて4名から6名の小グループによって討論によるアイデア生成を求めた。また,毎回の授業後,心理学的調査研究で用いられるような調査を行い,それらについて回答を求めた後,「今回回答した調査で工夫されていると思った点」と「自分であればこの部分を工夫すると思う点」という批判的思考の活性化を促すワークシートに回答を求める,という手続きによって学生の批判的思考態度と能力の育成を試みることを当該授業科目の心理学教育の目標とした。

授業実践の結果,日本語版ワトソン・グレイサー批判的思考力テスト(久原ら,1983)の成績は,授業開始前よりも有意に向上していることが明らかとなった。さらに,批判的思考態度尺度(平山・楠見,2004)の中の「探究心」が批判的思考能力の向上と関連することが明らかとなった。

本実践研究からは,この結果が討論によるものか,模擬調査回答とワークシート記入によるものか,組み合わせの効果によるものかは特定することはできない。今後の授業実践の基礎的知見としてラウンドテーブルに提供したい。

 

批判的思考の使用判断の国際比較      田中優子

 

批判的思考力育成への関心が年々高まる背景には,大学生の批判的思考力の弱さへの懸念が存在すると考えられる。従来の批判的思考研究では,批判的思考力の弱さは主に「能力の低さ」と「態度の低さ」という2つの観点から説明されてきた。しかし,田中・楠見(2007)より,自分が置かれている目標や文脈によって,批判的思考を行うかどうかという判断が異なることが示された。このことは,ある程度高い批判的思考能力や態度を持っている大学生であっても,目標によっては批判的思考が抑制されてしまうということを意味している。本研究では,どのような目標や文脈において批判的思考の使用判断が促進あるいは抑制されるのかについて,日本の大学生,タイの大学生,ニュージーランドの大学生を対象に国際比較を行った。批判的思考の使用判断に関する大学生の全体的な特徴とともに,日本人大学生の特徴を報告する。

 

批判的思考教育実践と効果測定      楠見 孝

 

批判的思考力育成の教育実践の効果を測定することは,実践の評価そして学生へのフィードバックのためにも重要である。さらに,高等教育における成果測定のための高等教育版PISAAHELO)においては,一般的技能として批判的思考力の測定が重視されている。

これまで批判的思考研究において,批判的思考の能力や態度の個人差を測定する尺度が開発されてきた。しかし,これらの標準化尺度は,容易に実施採点できるが,文章読解と限られた思考スキルの測定にとどまっていて,問題を発見する,問いを立てるなどの能力は十分に捉えていない点,また,実践の評価には敏感ではないという限界があった。そこで,私たちの研究グループは,Watson-GlaserCornellなどの能力尺度や態度尺度に加えて,実践に即した課題や振り返り自己評定尺度を用いて,教育実践の評価を進めてきた。そこで,これらのデータに基づき,従来の批判的思考力テストの問題点と,今後の批判的思考力育成の実践や研究に必要な新たなテストの内容と役割について論じたい。

 

 

参考:これまでの関連シンポジウム

第14回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル「学習者間インタラクションを通した批判的思考力と高次リテラシーの育成」

ワークショップ[批判的思考の認知的基礎と実践](終了) (2004.2)

シンポジウム[批判的思考の心理学的基礎と実践] 日本心理学会第68回大会 (2004.9)

批判的思考の認知的基礎と教育実践 第1回研究会   第2回研究会     第3回研究会  第4回研究会

 

2009.3.4