糖尿病者の「生きる」ことの心理臨床的理解の試み
研究代表者:清水亜紀子
研究メンバー:田中史子・大家聡樹・森崎志麻
研究概要
本コロキアムでは、糖尿病を「生きる」とは、その個人にとって如何なる体験であるのか、について心理臨床の立場から捉え検討していくことを目的に研究活動を行っている。
糖尿病とは、インスリンの分泌不全や作用不足から生じる慢性の高血糖状態を特徴とした代謝疾患であり、現時点では完治することのない慢性の疾患である。治療としては、昏睡や合併症(網膜症、腎症、神経障害、手足の壊疽など)に対する予防的取り組みとして、正常な代謝状態を維持し、血糖値を正常に保つために、インスリンの投与、運動療法、食事療法などが行なわれる。ひとたび糖尿病を患うことで、その人は毎日の食事への気遣い、服薬あるいは自己注射といった自己管理を余儀なくされる。つまり、これまでの生活習慣の大幅な変更を余儀なくされ、治療への能動的な取り組みを期待されるのである。
そのような生活を強いられる糖尿病者が抱える心理的負担は重く、彼らへの心理的ケアの必要性が近年強調されるようになってきたが、心理臨床の分野においては、具体的な取り組み・研究ともにまだ始まったばかりである。そこで、本コロキアムの前身である研究グループは、糖尿病を「生きる」とは如何なる体験であるのかを、心理臨床の立場から捉え検討していくことを目的とし、2001年より、学外の医師らとの意見交換、協力を経て、糖尿病者への個別面接調査を通して研究を行なってきた。ここでいう心理臨床学の立場とは、個人が語り表現することに耳を傾け、その語りや表現を受けとめることによって、その人の「生きる」過程を援助することをその基本におくものである。そういった姿勢のもとで調査面接を実施した結果、病いの語りや描画を通して、死への不安や毎日続く治療による疲労感・絶望感・無力感が語られ、糖尿病者が抱える心理的負担の重さが窺われた。そして、面接での彼らとの出会いやそこでの語りは、まさに彼らの「人生」を聴くことであると感じられた。すなわち、糖尿病を「生きる」ことは、「疾病」という枠にくくることのできない、医療と個人の生活が渾然と交じり合ったものであり、それはまさに彼らの「人生」にまで広がるテーマを含んでいると考えられたのである。
本コロキアムにおいても、これまでの研究活動に引き続き、心理臨床学という立場に基づき、医療事例から糖尿病という疾病単位を対象としてその特徴を抽出するのではなく、また、医療の立場から糖尿病者への治療意欲を促すのでもなく、糖尿病者の「生きる」ことに目をむけ、その心理臨床的理解を深めることを試みている。
具体的な活動としては、糖尿病者についての心理学的な研究に関する文献講読、糖尿病者への個別面接調査及び面接経過の検討、糖尿病者に関わる医療従事者との研究会(調査計画の発表・調査事例の検討)などを積極的に行っている。
これらの研究活動を通じて、糖尿病者が抱える「生きる」ことへの特有の困難さも含め、彼らが「生きる」ことについて理解を深め、糖尿病領域における心理臨床の一つの在りかたを模索していければと思う。
