他者理解におけるミラーシステムの役割の検討

研究代表者:廣瀬智士
研究メンバー:山川義徳・羽倉信宏
研究概要
日常生活において、他者との相互作用を円滑に行うためには、他者の行為の観察からその意図をくみ取ることが重要である。現在、他者理解の基盤となる神経機構として、ミラーシステムという機構の存在が提唱されている。ミラーシステムとは、自己の運動生成に関与する脳内運動領域(運動前野、下頭頂領域など)が、他者が同じ運動を行っているのを観察するときにも活動する、という神経活動現象を解釈する上で考案された概念で(Rizzolatti et al., 2004、Buccino et al., 2001、Gangitano et al., 2001)、自己の運動表象を利用して他者の運動を理解する機構のことである。行動学的な証拠としても、他者の行う運動を真似することは容易であるが、その運動と反対の運動や、少し時間的にずれた運動を行うのは難しいことが報告されており(Kilner et al., 2003、Oouchida et al., 2004、Hirose et al., 2005、大内田ら 2007)、これは他者運動の視覚情報がミラーシステム内の自己の運動表象を干渉することによって生じたと考えられている。
これまでのミラーシステムについての研究は、他者運動を直接観察する場合を主に扱ってきた。しかし我々の日常では、他者が扱っている道具は見えるが、他者そのものは見えていない状況も存在する。例えば、車を運転している時、実際に運転している他者は見えなくても、その車は他者の意図によって動いていることを我々は理解している。また、インターネットなどでも、カーソルが直接は見えていない他者によって操作されている場面を観察することもある。もし、ミラーシステムが単なる他者の効果器の運動の情報処理ではなく、他者運動の意図理解そのものに関わるなら、このような他者の扱う道具の動きの情報処理にも関わっている可能性が考えられる。
本研究では、手首の屈曲・伸展運動に同期して半径を変える円(屈曲すると小さくなり、伸展すると大きくなる)を用意し(図1)、実験者が制御するこの円に対して、被験者が実験者と同期して運動を行う際、実験者と逆位相で運動を行う際の運動周期を測定する。その際、被験者には観察している円がa)プログラムによって周期的に大きさを変える円である(プログラム操作条件)、b)実験者が手首の屈曲・伸展により制御している円である(実験者操作条件)、のどちらかの教示を与える(図2)。
我々の先行研究により、他者が行う手首の屈曲・伸展の周期運動を被験者が観察しながら同じ運動を行う際、同期して行う場合と比較して、逆位相で行う場合には運動周期が乱れることが分かっている(大内田ら 2007)。もし、ミラーシステムが他者の動かす道具の動きから意図を理解する処理に関与するのであれば、本研究でも実験者が制御する円で、逆位相条件時のみ手首の屈曲・伸展の周期運動に乱れが生じることが予想できる。
本研究が完成すれば、ミラーシステムが他者の身体運動情報のみでなく、他者の操作する物体の動きの情報処理にも関わることを示し、ミラーシステムが他者の意図理解に対して直接的に関与する可能性を示唆することができる。現在、インターネットの普及によって、様々な場面で、相手の実際の身体を見ない状況で他者の意図を理解しなければならない状況が増えている。このような従来と異なるコミュニケーション手段が恒常化している状況について、様々な危惧が提出され始めているが、どのような問題点があり、どのように改善できるのかについては具体的な議論は未だ展開されていない。本研究によって、他者理解の神経基盤と考えられるミラーシステムの研究を軸に、他者を直接見ながら意図を探る時と、他者を見ない状態でその意図を探る時の共通点、相違点を少しずつ明らかにすることで、上述の議論に具体的な論拠を提出できる可能性がある。
