第19回大学教育研究フォーラム 2013年3月15日(金)13:30-16:00 京都大学

参加者企画セッッション プログラムPDF

総合館・共北25

 

批判的思考と高次リテラシーのための教育法

 

企 画 者・司会者    

楠見 孝   (京都大学教育学研究科)

話題提供者 

道田泰司  (琉球大学教育学部)

若林靖永 (京都大学経営管理大学院)

三浦麻子 (関西学院大学文学部

信原幸弘 (東京大学総合文化研究科)

指定討論者   

若山 昇  (帝京大学法学部)

 

企画の趣旨                               

楠見 孝

本ラウンドテーブルでは,批判的思考と高次リテラシー育成のための教授法について,教材の開発と評価について,4名が異なる分野,学習者(初年次から大学院)を対象とした実践に基づいた話題提供をおこなう。最後に若山が批判的思考教育の実践者に対するインタビュー調査の結果を踏まえて指定討論を行う。そして参加者全体で,今後の実践のための教授法,教材,評価とその基盤となる理論について議論をおこないたい。

 

批判的思考教育と学習者間インタラクション           

道田泰司  

わが国で出版されている批判的思考に関する論文(実践報告や提言を含む)はここ15年ほどで大きく伸びており,その必要性は,21世紀スキル(Griffin, et al., 2012)として,国家戦略会議(2012)のなかで,など国内外のさまざまな場面で言及されている。本発表では最初に,そのような現状について報告する。次いで,わが国で近年報告されている批判的思考教育について,学問リテラシーの育成,市民リテラシーの育成という目的の違い,ジェネラルアプローチ,イマージョンアプローチなどアプローチの違いに着目して整理を行い,それを通して批判的思考教育や評価のあり方について検討する。

最後に,筆者自身が大学で行っている質問力向上のための実践について紹介し,学生の思考力育成に重要な位置を占めると思われる学習者間インタラクションについて探索的に分析した結果を紹介することで,批判的思考力育成のための教授法や学習環境デザインのあり方について議論を行いたい。

 

教育のためのTOCにもとづく批判的思考教育           

若林靖永   

  TOCとはTheory of Constraint 制約条件の理論のことで,ゴールドラット博士が開発したマネジメントの改善を図る科学的アプローチである。製造業,物流,プロジェクト,小売業などさまざまな事業分野で直面する問題をマネジメントの問題としてとらえて,その解決をすすめるアプローチであるが,その改善の取り組みを当事者自らがすすめることをめざして開発された,TOC思考プロセスを学校関係者ほか,子どもから大人まで広く私たちが自己決定して主体的に生きる力につながるものとして展開しているのが「教育のためのTOC(TOC for Education)」である。

   批判的思考教育とは自己決定できる力,他者と共同できる力,そして未来を変えられる力につながることを目的としているものであり,この教育のためのTOCが示す思考ツールはそれを促進するものである。本報告では,同思考ツールであるブランチ,クラウド,アンビシャス・ターゲット・ツリーの3つのねらい,特徴,共通の考え方について紹介するとともに,京都大学初年次教育ポケットゼミ,京都大学経営管理大学院専門科目での授業や社会人を対象とした実践などについて取り上げる予定である。

 

対人コミュニケーションにおける批判的思考に関する授業実践   

三浦麻子

発表者は,心理学の初年次入門科目において,対人コミュニケーション場面で批判的思考が重要であることを教授する授業(3回)を実践している.講義の目的は,私たちが「なぜ理屈に合わない考え方をすることがあるのか」「そうすることが「よくない」とすればどういう時か」「よりよい考え方をするためにはどうすればよいのか」について,特に「人を知る」場面に焦点を当てて考えさせることである.講義では,関連する社会心理学理論として,対人認知や他者の行動評価において頻繁に見られる2つの認知的バイアス―(1)対人認知におけるステレオタイプと(2)基本的な帰属の錯誤の影響―について紹介し,受講生に具体的な事例を想起させる.その上で,これらのバイアスは認知的負荷を低減するためにほぼ自動的,無意識的に生じることを示した上で,意識的に修正するためにはどのようなことを心がければよいのかを教示し,また具体的な方法について考えさせている.本話題提供では,具体的な講義内容と共に,受講生を対象とした自由記述式調査にもとづいて,かれらが講義をふまえて考えた批判的思考の実践方法についても紹介する.

 

脳科学リテラシーの授業実践                  

信原幸弘

脳科学は,脳という物質的次元から心の働きを明らかにすることにより,従来の人間観を大きく塗りかえる可能性を秘めている。このような脳科学の成果を正しく理解し,実生活や社会の発展に役立てていくためには,脳科学に関する基礎的なリテラシーが必要であると考えられる。発表者はこのような問題意識のもと,東京大学の一般教育の授業において,脳科学リテラシーをテーマとした授業を行っているが,本発表では,この授業の内容を簡単に紹介しつつ,その現状と課題について述べる。具体的には,自由意志の存在はリベットの実験のような脳科学的実験によって否定されるのだろうか,道徳的判断は感情を排した理性的なものであるべきだとする見方は道徳の脳科学によってどう揺さぶられるだろうか,意識的な理由による行為の選択という考えは意思決定がじつは無意識的な心の働きによって深く規定されていることが脳科学によって示されることで無意味なものと化すだろうか,スマートドラッグによる認知能力のエンハンスメントにはどんな倫理的問題があるだろうか,などを扱った授業内容を紹介し,脳科学リテラシーとは何であり,それを習得するにはどうすればよいかについて述べる。

 

批判的思考教育の現状と課題                  

若山 昇

高次リテラシーの育成に資する批判的思考の授業が大学で行われている。しかし,批判的思考の授業は限られており,授業内容や教授法などは受講生以外には見えにくい。この批判的思考教育の重要性が社会的に認められ,今後さらに広まっていくためには,まず現在行われている授業の実践と課題を共有する必要があろう。そこで,私たちの研究グループでは国内で批判的思考の教育と研究(科研)を実施する教員にインタビュー調査を行った。

その結果,①学内では批判的思考教育の必要性の認識が必ずしも高くはないが,実施する教員は重要性を極めて強く認識しており,自らの努力と信念によって授業に積極的に組み込んでいた。②授業内容,教科書,教授法は,多岐にわたっており,全て教員に委ねられていた。③したがって,かなり特徴ある授業が実践されていた。④必要な教材は教員自らが作成していた。⑤昨年6月の文科省の大学改革実行プランで指摘された入試という手段で発展する可能性はあるが,まずは大学及び教員自らが重要性を理解する必要が示された。

なお,当日はこれらの結果を報告し討論を行うことで,今後の更なる発展に寄与したい。

 

 

参考:これまでの関連シンポジウム

第18回大学教育研究フォーラム ラウンドテーブル「高次リテラシーと批判的思考」 2012.3.16

第17回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル「批判的思考のスキル育成の教材の開発と評価」2011.3.18

第16回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル 「批判的思考力を育てる:学士力,ジェネリックスキルの認知的基盤」2011.3.19

第15回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル 「批判的思考力の育成のための教育実践と認知的基礎

第14回大学教育研究フォーラム・ラウンドテーブル「学習者間インタラクションを通した批判的思考力と高次リテラシーの育成」

 

ワークショップ[批判的思考の認知的基礎と実践](終了) (2004.2)

シンポジウム[批判的思考の心理学的基礎と実践] 日本心理学会第68回大会 (2004.9)

批判的思考の認知的基礎と教育実践 第1回研究会   第2回研究会     第3回研究会  第4回研究会

21世紀市民のための高次リテラシーと批判的思考力のアセスメントと育成 (基盤A)

 

楠見 孝・子安増生・道田泰司(編)『批判的思考力を育む:学士力と社会人基礎力の基盤形成』 有斐閣 発刊によせて

 

 

 

2013.3.10