2001年6月15日 ブラウンバックセミナー

担当:岩谷洋史

(翻訳)

Expert and novice differences in cognition and activity: A practical work activity

Edith A. Laufer and Joseph Glick

 

序〔Introduction〕

 

すべての仕事活動は、プラクティカルでクリエイティヴである複雑な思考形式を含んでいる。その仕事が牛乳容器をいっぱいにしたり、コンピュータ・プログラムを書く仕事であろうがなかろうが。私見によると、仕事全体には、それに対して、ある知的なアスペクトがある(Scribner, 1990)。

 

専門的な技術の支配的な理論や熟練者と初心者の相違の古典的なモデルは、論理/合理主義的な思考モデルによっている。現時点、この古典的モデルに基づいた専門的知識〔expertise〕の定義は一つもないけれども、“熟練者”と“初心者”は、ある“認知イデアル”によって定められる固定した心理学的カテゴリーと想定される。専門的知識の理論は、知的タスクのコンテクストで何よりも展開されてきた。そのなかで、特定のスタンダードが満たされなければならない。例えば、チェス(Chase and Simon, 1973)、物理学の問題(Larkin et al., 1980)、医療診断(Patel and Groen, 1986)で、Ericsson とCharness(1994)によって最近要約された。この研究の関心の的は、概して、“良構造”問題領域での問題解決であった。しかし、この論理/合理主義思考モデルは、人々が日常生活や仕事で直面する、もっと平凡なタスクにあてはめられるのか。何が現実世界の活動での問題解決を構成するのか。

 この章で描かれる研究は、これらの問題を向けようとし、日常的な仕事タスクでの熟達者/初心者の相違の調査に活動理論を応用することを探ろうとする。活動アプローチを用いることで、データ、データ収集方法、データ解釈として受け入れられるものの選択が、その分野における他の研究と異なる。活動アプローチは自然な環境のなかで人々によって行われるような、仕事実践の調査を可能とする。熟達者と初心者のカテゴリー上の区別は、自然に仕事活動の分析から現れる。このパースペクティヴの転換は、この分析が例証するように、論理/合理主義の思考モデルから問題解決として解釈されるならば観察可能でないかもしれない、仕事活動の諸アスペクトを明るみにだしてくれるのである。活動モデルであるならば、どんな“理想的な”問題解決の方法もない。具体的な活動に位置づけられ、社会、文化環境に埋め込まれた“個人”こそが理想として機能する。

 

■論理/合理主義の思考方法〔Logical/rationalist model of thinking〕

 

 熟達者と初心者のパフォーマンスは、ある有意味なやり方で異なる(Glaser, 1986)。例えば、熟達者と初心者の解決戦略を比較して、研究者たちは、熟達者は問題表象の質のおいて初心者と異なることを見出してきた(Chi, Glaser, and Reese, 1982; Chi, Feltovich, and Glaser, 1981; Larkin et al., 1980; Simon and Simon, 1978)。熟達者は問題陳述のとき情報を用いて、初心者よりももっと複雑でまとまりのある、問題の表象を展開させる。熟達者は“深構造”を理解し、初心者は“表層構造”を理解する。認知構造である表象は、行為を導く。

おそらく、初心者と熟練者の問題解決のもっとも重大な違いは、解決法を得るのに用いられるステップのシークエンスである。熟練者は、問題陳述での情報を用いて、体系的に一定方向に問題を切り抜いていく。これに対して、初心者は、ワーキング・バックワード・アプローチをとる。彼らの解決パターンは、目標〔goal〕で始まって、ステップを繰り返しチェックし、戻り、始めへと後戻りして進んでいく(Simon and Simon, 1978; Larkin et al., 1980)。

 問題解決理論は熟練者/初心者の相違を理解することに大きく寄与してきたが、主な関心の的は、世界における認知的優越モデルに関してであった。これらの理論は、いかにして、どこで知識が獲得されるのかという問題点には向いていない。さらに重要だが、それらは問題構造化の社会的かつ動機的アスペクトの意義に向いていない。このため、論理/合理主義的思考モデルを自然な、あるいは仕事環境での日常的活動の研究に拡大することが、とりわけ問題をはらむこととなってきた(Lave, 1988)。

 

■仕事への活動アプローチ〔Activity approach to work〕

 

 良領域〔well-defined domains〕に関して機能のレヴェルを見る、古典的な分析モデルとは対照的に、活動理論はまず活動領域内の活動構造に注意を向ける。このことは古典的モデルで応用する合理性を含んでいるかもしれないが、また、様々な属性をもったパフォーマンス領域を産出しうる組織的な意味に関する、個人的感覚の要素を含んでもいる。

 仕事活動を調査するのに活動アプローチを用いる研究がますます多くなっている。仕事タスクか、目標指向的諸行為〔goal-directed actions〕の調査がでてきている。バーテン(Beach, 1985)、家事掃除(Engestrom and Engestrom, 1985)、乳製品アセンブリ(Scribner, 1984a,b)、さらに最近では、ナヴィゲーション(Hutchins, 1994)やかじ屋(Keller and Keller)などなど。Scribnerの調査は、スキルや問題解決の研究の長年の論理/合理主義的伝統からの重要な離脱である。Scribnerは問題解決に基づく実際の思考モデルを立案し、熟達者のパフォーマンスには、柔軟性があることで特徴づけられることを見出した。Scribnerによれば、“解決法のモードは経験と知識とともに変化した。”乳製品運搬人は、自分たちの仕事を乳製品オーダーに対するリテラルな解決法を用いて、始めた。経験とともに、こうした解決手続きは、非リテラルな解決法へと変形された。こうして、熟達者は、“自分たち自身を規則から自由にし、柔軟な解決戦略を考案した。”(Scribner, 1983, p.22) 最も重要なのは、初心者/熟達者のシフトが、一般的なものの熟達から具体的なものの熟達へと動いたということである。

このアプローチがそうであったのと同じく広範囲にわたって、にもかかわらず、仕事活動の基本的な局面を説明しない―諸活動はある目的のためになされるということ、そして、その目的は、“仕事記述”の点から活動を形式的に詳述しても必ずしも明らかでないということ。

 例えば、LewinとRupp(1928)による啓発的な研究を考えてみよう。これらの研究者は、機械、働く人、そして、それらの特定のインタラクションを、自然な環境内の具体的な仕事活動におけるダイナミックな単位として見なした。LewinとRuppは、紡績機械を使う織物労働者の実時間の相互作用を調査して、初心者らは、諸機械をうまく使えないが、それは、彼らが諸行為を適切に組織化することに欠いているからであると結論づけた。他方、熟達者の働く人たちは、行為を組織化し、その結果、“ゆったりと過ごすもっと自由な時間をもてたし、そんなに奮闘する必要がない良好な仕事状況にいた。”興味深いことに、LewinとRuppは、また、働く人の“個人的目標〔personal goals〕”がどのように仕事活動に影響を及ぼすのかを調べた。

 

 彼女(熟達者)は、ニュートラルな観察者(初心者のように)として機械に接するが、彼女が達成させたいある目標、つまり、可能なかぎりたくさん働き、たくさんお金を稼ぐことをもって接するのである。こうして、機械に対する個人的な対象と出来事の意義は、本質的に稼ぎの増大や限界、すなわち、仕事活動の継続と行き詰まりに影響する出来事によって定まる。

 

LewinとRuppの研究で、最も興味深い発見と思われることを要約すると、熟練者と初心者とは、2つの違いがあることのようである。一つは、熟練者は、知識の組織化の点で、実に、より熟達しているのである。が、同様に重要なことは、その一方で、熟練者と初心者は、その知識が“何”についてのものなのか、において違いがあるという事実である。おそらく、この後者の問題点こそ、直面する最も重要な問題点であるかもしれない。

 現在の研究は、また、活動―行為―志向性のスキーマを用いることで、古典的な合理主義的研究モデルから離脱していることを示している。調べる方法として、それは、分子的なものとモル的なものとの関係へと、分析対象としての動機づけや社会的インタラクションを含む分析単位を移す。この研究は、現実の世界の環境においてだけ従業員の仕事活動を考察するのではなく、“専門知識志向の〔expertise-oriented〕”研究で無視されうるそうした環境の諸アスペクトを含んでいる。彼らはいかにして専門知識を達成させる他者と互いに行為するのか。

 次のように結論づけられる。伝統的な方法や説明は、何らかのスタンダードや認知的イデアルを強調して、推測する力の大部分を失う。いったん分析視点内に伝統的に無視される個人の動機、擬似動機、そして他のアスペクトの表象を含めて、電話販売の仕事の知識領域に当てはめると。

 

■研究目的〔Research aims〕

 

理論として、方法論として活動アプローチを用いることにおいて、私たちのねらいは、このフレームワークの影響を考察することである。(a)自然な環境〔settings〕での仕事活動を調べることに向けて、そして、(b)知識や動機づけの構造を含む仕事活動における初心者/熟達者シフトの本性を調べることにおいて。

 

■活動とその環境〔Activity and its setting〕

 

この研究のために選んだ場所は、5つの中小の工業用精密部品販売会社でなっている。そのような環境は、実際の仕事活動の調査を実行するのに、十分適した環境である(Scribner, 1986)。これらの仕事場の事務書の構成と電話販売のタスクは、この調査の関心点である。図1で示されるプロトタイプな事務書環境は、電話販売オフィスのレイアウトを説明している。この図に表されているものは、この活動を支える“機能”と“可能な機能”がコード化されたエリアである。しかしながら、環境と図表は、それ自体、その環境内で起こりうる活動構造については語ってくれない。そのため、どのように仕事がなされるのか詳細な機能的分析が必要とされる。

 

方法〔Method〕

 

四相のマルチメソッド・アプローチが利用された(see Scribner, 1984b, 1986)。第一相は、オフィスで働く人全員と上層と下層のマネージメントのインタヴューと観察に基づくエスノグラフィックな情報を得ることを伴った。第二相は、仕事活動をモデル化するために考案された擬似自然主義的タスクでなった。エスノグラフィー分析に基づいた、顧客オーダーは、慎重に選ばれて、機能の重要なアスペクトを明らかにした。そして、オーダーは、経験者によってなされた。第三相は、いかに、働く人たちが、精密部品の知識を組織化するのかをもっと形式的に調べる経験的タスクでなった(see Laufer, 1990a, 1990b)。第四相は、一時間の効果測定試験インタヴューでなった。

 

■エスノグラフィー的情報〔Ethnographic information〕

 

この研究の第一相は、進行中の活動の形式的な自然主義的観察、録音インタヴュー、雇用者との毎週の“ざっくばらんな話し合い”からなった。これらによって、情報に記述的データがもたらされた。Leontievの活動理論(1981b)によれば、社会文化的環境に埋め込まれた仕事の“活動”に関係する最初の分析レヴェルである。観察から、ほとんどの働く人は、長い間机につかないことが明らかとなった。事務所は、恒常的インタラクションの中心―働く人同士や、インベントリー・ファイル、オーダー・ファイル、プリント、カタログと働く人のインタラクションの中心だった。知識の内的利用と外的利用との関係があり、社会的インタラクションは、この仕事活動のとって重要なファクターであるかもしれないことが示唆される。さらに重要なことに、社会的、文化的、物質的インタラクションは、変化する集団的な産業特有知識のバックグラウンドのなかで起きるようだ。新しい、改善された製品、素材、生産方法は、常にこの産業において展開している。ここで調査される場所のように、個々の企業組織は、継続的に新しい供給者、さまざまな海外市場、より安価なソースを見つけ出している。この知識は、各会社に特定的で、当事者に限られたものであることがしばしばである。

 

■電話販売〔Telephone selling〕

 

 電話販売のポジションには、形式的な要求はなく、学習はまず働く人の毎日の活動のコンテクストで起こる。マネージメントは、どんな特定の適正を求めるのか、いつ電話販売員を雇うのかを発表するのにためらった。“私は、電話による販売に経験があって、電話パーソナリティのある人物を求めます。残りは知識です。ここで学ぶものです。”

 電話販売は、次のものを伴う。(a)買い手からオーダーを得ること。(b)注文に応じるためにインベントリーをチェックすること。(c)もし在庫がなかったら、他製造元から製品を買うこと。(d)アイテムの値段を決めること。

 

■製品のオーダーに応じること〔Filling product orders〕

 

精密部品のオーダーを取り、応じることは、理想的には、販売員が慎重に顧客に質問をし、必要とされる情報全体を記録することが求められる。顧客への各契約は、部品製造業者から利用できる製品、そのアイテムを製造したり、被覆、第二プロセスなどなどに要る時間のようなファクターの組み合わせにもとづく。物の勘定書は、アイテムのタイプに分割され、詳細目録から引かれるか、部品製造業者から注文される。これは、形式的なアイテム志向の記述である。これら会社の実際の仕事環境は、知られているように、もっとはるかに複雑である。

 

■参加者〔Participants〕

 

この研究での参加者は、マネージメントと電話販売員を含んだ。電話販売員は、販売量、賃金収入など二つの範囲に熟練に応じて選ばれ、ランク付けされた。これらは、経験年数に相関していた。その基準で、重複を避けるために、24人の販売員を選択。経験年数3年以下の新参者、経験年数7年以上の古参者。

 

■オーダー処理:擬似自然主義タスク〔Order processing: A quasinaturalistic task〕

 

このタスクで利用される判断の手がかりは、研究対象の会社における経営陣と電話販売員の直接的な助けによって組まれた。他のどんな文献もここで工夫されたタスクに役立たないが、諸尺度は、その産業内の会社規範を緊密に反映するように構築された。この産業で、公式なトレーニング・プログラムなどはなく、学習はインフォーマルに起こる。範例的なタスクは、2つの部分からなっている。

 まず、調査員は、顧客としてふるまい、主要な参加者に実際の仕事オーダーにもとづいた仮説的なオーダーを満たすにはどんな情報が必要なのかを尋ねた。参加者全員が“考えていることを口にし”、プロセスの各段階を説明することが求められた。彼らは、他の従業員や主任の助言を求めたり、詳細目録、参照資料、カタログ、計算機、鉛筆、紙を使ったりすることが許された。伝統的な方法とは対照的に、ここでは参加者は多数のさまざまなやり方で同じタスクを行うのは自由だった。言葉で表現されたものはすべてカセットレコーダを用いて録音し、後で分析するためにトランスクリプトした。調査員は、すべての行為、すなわち詳細目録を用いる、ファイルを探すなどなどを注意深く観察した。これらの観察は、プロトコルデータへ。

 オーダーは、5つの特殊な精密部品でなっている。それらは、注意深く2人の熟達者の電話販売員に手伝ってもらい選択したものだが、4つの主要なカテゴリーや仕様書を顧慮して異なった困難さのレヴェルを表している。これらの特殊なアイテムの十分な記述は、かなり特殊な情報を要する。このことによって、参加者は広範囲に質問したり、知識やノウハウを見せたりすることができる。

 ASMEの要件と一致した、支配的な企業スタンダードに応じて、参加者は、完全に5つのアイテム全部を明示するために、65人の顧客に尋ねなければならなかった。スタンダードな部品は、大量生産されうる。価格はカタログに記載されている。非スタンダードでカタログに記載されていない部品は、バーストックで作られ、特殊な手仕事を必要とされ、もっと値段がかかる“価格不明確”のアイテムである。論理/合理主義的モデルの観点からだと、熟達者は、ほとんどすべての質問をしなければならず、初心者は、2、3の質問をすることができるだけかもしれない。図2は、十分に第一のアイテムを明示するのに必要とされる公式な、または理想的な規定情報を一覧表にしたものである。

一つのコード化システムが、仮定的なオーダーに応じるのに係わる、問題解決プロセスのステップすべてを調べるために、考案された。一“ステップ”は、一つの手段、つまり、当該のアイテムのある物理的アスペクトに直接関わる、自己生成的な問題か、一つの包合的な外的手段のどちらかとして決められた。現実の価格算定はステップとして数えられなかった。各アイテムには、一定数の寸法〔dimensions〕があった。これらのいくつかは、スタンダードの寸法である、他は、特殊だった。どの寸法がスタンダードで、どの寸法が特殊なのかを理解するのに、参加者は原則的にアイテムを完全に明示するため“すべての”質問をしなければならなかった。

音声言語プロトコルで5つのアイテム各々に関する質問は、必要な情報を得る各“手段”を順次割り当てることでコード化された。例えば、もし参加者の最初の質問が“部品の直径はどのくらい?”であるならば、この質問は、ナンバー1を割り当てられ、外的補助がなくとも顧客に情報を求める第一手段だった。そのあと、もしその参加者がカタログにある寸法を調べようとしたならば、この行為は、次にナンバー2が割り当てられて、情報などなどを得るために外的手段を用いるステップとして数えられた。こうして、各ステップは、次のものに関して数字が割り当てられたのである。(a)参加者がもつ知識から生じる質問に対する言表化。(b)外部のリソースを含む外部行動的行為、詳細目録のファイルのところへ行ったり、または、カタログをチェックしたりする。(c)他の人物の助けを求めるようなコミュニケーション行為。参加者はどのくらいステップが利用されるのかを示すスコアを受け取った。ステップに番号をつける目的は、いかに知識がこの模擬実験のオーダーに応じるという進行プロセスで組織化されるのかを明らかにすることである。

第二部分で、参加者は最初のアイテムの価格を“推定する”のが求められた。考えていることを口に出して、どのようにして答えに至ったのか説明しながら。他の4つのアイテムに関する推定価格は、顧客(調査員)、もしくは、電話販売員の参加者が値段を定め始めるかどうかにかかっていた。

 

結果〔Results〕

 

■質問提示とステップの分析〔Question-asking and analysis of steps〕

 

アイテムに対して、初心者グループによってなされた最初の3ステップの63%は、外的ステップであって、それらのうち、25%は、他の働いている人を含んだ。このことから、問題解決プロセスのかなり始めから初心者は外的リソースや他の人々の手助けを必要とすることが示唆される。際だって対照的に、熟達者は、10%のステップでもって、オフィスの物質的対象を利用した。

 期待されるように、概して、熟達者はまた初心者とりもっと顧客に質問することによって、初心者よりもかなり遂行した。初心者は、また、もっと外的補助を著しく求めた。他の人に尋ね、詳細目録かカタログをチェックして質問をしだしたように。しかしながら、興味がそそられることは、概して、熟達者が質問したのは、必要な顧客への質問数の半分以下であるという事実であった。

 

■誘因質問〔Trigger questions〕

 

 マルチメッソッド・アプローチを貫いて、仕事場でのさらなる観察とインタヴューは、熟達者の最良とは言えないパフォーマンスをはっきりさせた。これらのインタヴューで、熟練者は、値段を決める際に、とりわけ関わりのある質問―“引き金”質問―をすることが示された。引き金、あるいは価格に影響する質問が、生産コストに係わる次元に焦点を当てる。熟達者は、多くの必要な質問を考慮しないが、それは、彼らがかなり価格に影響のあるそうした次元に集中するからである。対照的に、初心者は、アイテムに値段をつけるために、すべての次元を知らなければならないと考えた。これらの結果から、初心者は、顧客に質問をするとき、線的論理/合理主義の思考モデルにより近く行ったことが示される。

 

■質問と目標〔Questions and goals〕

 

活動モデルから眺めると、熟達者が誘因質問をする際、質問提示〔question-asking〕タスクにアイテムの具体的な次元よりも価格についての別のシステムを置いていた。“このアイテムがどのくらいかかるのかを決めればいいのかわかるのに、どんな次元が必要なのか。”と自問自答することによって、熟練者は、行為の目標を変え、もはや公式にあらかじめ決められた会社規準の単一の領域を守るのではなく、会社の多次元的な書かれていない規則に関心を向けた。

 この場合、熟練者の目標は、初心者のものと異なった。それは、熟練者と初心者が異なったタスクを行ってきたこともありうることを示すものである。さらに、タスクのデザインがさらなる情報の需要を切り詰めてきたかもしれないことを示唆する。インタヴューのデータから、彼らの毎日の仕事活動でこれらの販売員は、値段を決め、オーダーをとった後、顧客に諸質問をすることが示された。

 これらの結果によって、熟達者がオーダーを得て、応じるのにあたって、彼らに利用できる多くの手段をもっていたかもしれず、彼らがスタンダードな情報全部を獲得することなく、価格を推定する冒険を可能にすることが示される。もっと重要なことは、熟達者は、しばしば、最初、値段をつけようとし、次にアイテムの寸法〔dimension〕に関連する質問の答えを得ようとすることで、“ワーキング・バックワード”の方法を用いているかもしれないことが示唆される。

 

■値段をつけること、価格を推定すること、そしてワーキング・バックワード〔Pricing, guesstimating price, and working backwards〕

 

熟達者は、ワーキング・バックワードの方法を用いることができるが、初心者はワーク・フォーワードすることだけできるという結論に対して、補助的に裏付けするものが、タスクの値段付け部分とインタヴューから得られる。初心者は、熟達者よりも価格を推定することをはじめそうにない。このことは、初心者が2つのタスクとして質問提示〔question-asking〕と価格決定タスクの相を理解しているか、限られた知識のため推定する気にならないのかのどちらかであることが示唆される。他方、熟達者は、価格決定を始めることによって、質問提示と価格決定の相を一つのタスクとして理解する。彼らにとって、価格決定は、先に記したように、他のファクターよりは、アイテムの物理的次元に依存していなかった。ある熟達者はこう述べた。“私は逆向きに進んでいって、質問をする必要はない。”

 8人の熟達者は実際に、ほとんどのアイテム、とりわけカタログに記載されていない特殊アイテムに値段をつけるとき、バックワードで進んでいくことを打ち明けた。ワーキング・バックワードの別の形態は、次のことを意味した。まず顧客に価格を示し、その次に、もしその顧客が反対するならば、値下げを交渉する、あるいは、マージンが会社にとって十分でないならば、部品製造業者と値下げの再交渉をする。ある熟達者が次のようにプロセスを説明した。“私がオーダーを推定し、得る。もし正しくないのならば、バックワードに働いたり、部品製造業者か顧客ともっといい価格で交渉したりして、正しいものにするでしょう。”別の熟達者は、次のように冗談を言う。

 

 もしうまく推定できなかったら、うそを言う。顧客に戻ってもらいたくなくて、こう言う。“大きな間違いをしていました。こいつがそんなに高いとは知らなかったのです。”これで、私がすると思われている仕事ができないように見せる。だから、あなたはもどって言う。“今、この資料のタイプは不足している。―もう8週間、その資料はないでしょう。もし4週間以内で、それがほしいならば、スタッフをもっとすみやかにさせるために割増料金を払わないといけません。”あるいは、“これは、普通のアイテムでも、スタンダードなアイテムでも、在庫のあるタイプのアイテムでもありません。あるとは思っていましたが。スタンダードでない一定の公差や寸法があり、それは値段を変えます。”

 

 なぜ初心者の誰も、熟達者が答えるように値段を検討しないのかを尋ねたとき、

 

私は正当価格を判断するのにあたって、間違いをするとき、それをカヴァーするのに部品製造業者と交渉した。初心者ならば、このように考えなかっただろう。初心者は供給者と交渉することができることを知らない。彼は、買う、売る、運ぶ、取引することに十分触れてこなかった。彼は何かが1ドルかかれば、1.5ドルから1.6ドルを得なければならないことだけ知っている。私は同じアイテムに関しての過去の経験に基づき、そして、顧客のタイプや誰が売り手なのかがわかって、価格を概算することができる。初心者は機会をえるのを恐がっている。

 

顧客や売り手を知ることで価格を推定することは、ワーキング・バックワードのもう一つの形を表している。初心者は“運ぶことと取引すること”、あるいは、価格決定のスタンダードな方法を教えられるのかどうか尋ねたとき、熟達者はこう答えた。“まず、あなたはスタンダードな手続きを知っており、テクニカルな知識をもっていなければならない。いったんあなたがきちんとそれをもてば、そのシステムからはずれることができる。まずあなたはそれからはずれるスタンダードな方法をしらなければならない。”

 このことから、テクニカルな知識の獲得とともに、電話販売員は、“商売の才”を自由に発達させたり、実行させたり、すなわち、顧客や部品製造業者ともっとリラックスして交渉するようになることが示される。

 

■知識と価格を決めるときの外部情報〔Knowledge and outside information in pricing〕

 

プロトコルのより綿密な分析で、熟練者と初心者が価格を推定するのに外部情報をどのくらい利用する必要があるのかにおいて重大な相違があった。表1から、次の3つのカテゴリーに関して2つのグループを比較することができる。第一に、もっぱら“外部情報”―オフィスにあるファイル、本、カタログや、売り手や会社内で働く人たちからのどんな情報も―を利用した参加者。第二に、“ある部分、外部情報、別の部分、パーソナルな知識”を利用した参加者。例えば、これらの参加者は、部分的に価格を推定することができたが、最終価格を計算するのに被履のコストのような何らかの外的知識を必要とした。第三に完全にアイテムの価格を推定し、“内的知識”のカテゴリーによった参加者。

 

ZinchenkoとGordonによれば(1981)、

 

人間活動の初期で基本的な形態は、外部実践活動である。活動、内部のメンタルな操作、行為の内部の面は、内面化のプロセスで形成される。内面化は“遷移”であり、そのなかで外在的な、物質的対象をもって外的プロセスがメンタルなレヴェル、つまり意識のレヴェルで起こるプロセスに変形される。この遷移の間、これらのプロセスは特定の変化を受ける。それらは、一般化され、言葉で表され、省略される。そしてもっとも重要なことだが、外的活動を可能にするものを超越するさらなる発展の手段になる。

 

1は、熟達者が内的知識の優位を利用し、初心者は、主に外的情報を利用することを示している。このことにより、熟達者と初心者は目標に至るのに、異なるが機能的に同質の手段を用いていることが示唆される。これらから見出されるものは、もし活動のパースペクティヴから見た場合、特に興味深い。なぜならば、外的なるものから内的なるものへの遷移の流れは、目に見えるものにされるからである。

 2つのグループの間には、また、どのくらいの参加者が価格を決めるのか、価格はどのくらいになるのか、彼らは、5つの経験的アイテムにどのくらいの値段をつけるのかに、重大な差がある。熟達者は、さらにしばしば、初心者よりも、値段をつけた。さらに重要なことに、熟練者はフレキシブルで、利便性、顧客のタイプ、量などなどのようなファクターに基づいていくつかの値段をつけた。その一方で、初心者は、タスクが一つの正当な答えを求めていると考えた。頻度スコアは表2で示される。

 初心者は、大部分の品目を普通より安く値をつけるが、それは、アイテムがスタンダードであると考えたり、あるいは、顧客を失ってしまう危険があると恐れたりするからである。一人の熟達者が、ワーキング・バックワードによる値付けを次のように説明してくれた。

 

私は、いつも75%の値入額をもっている。50%から55%のミニマムで仕事するのが好きだ。だから、“交渉のマージン”として20%から25%を用いたい。もし顧客が15%から20%の値下げを求めたら、如才なく、私の価格で下げることができる。しかしながら、あとで電話をかけなければならないといつも言うだろう。たとえ、顧客にもっと低い価格を直ちに示すことができたとしても、したくない。私が彼よりも有利な立場にいると思うかもしれないからだ。しばらくして、あとで電話して、例えば、こう言う。“金属板工に話しました。彼は他のアイテムとともにこれを差し出すことができ、もっと低価格にしてくれるでしょう。だから、あなたの価格に応えることができると思います。”

 

 さらに、物理的問題解決の研究すべてで用いられるタスクは、一つの知られた解決法であって、たいてい良問題として参照される。この研究で、結果から、初心者によって確立される表象は、一つの価格を要求する会社の規範に導かれた一方で、熟達者は、一つのオーダーに終わるだろうと考えるその一つの価格に係わる、いろいろな価格を推量したことが示唆される。

 このことにより、オーダー処理が、初心者にとっては、良構造の問題であるかもしれないが、しばしば熟達者にとっては、明確でない問題であるかもしれないことが示される。Reitman(1965)とSimon(1973)によれば、悪構造の問題は、かなり多様なレスポンスをひきだすものであり、熟達者は、良構造の問題に還元して解決法を見出すことができる。今の研究では、もし、情報処理の観点から考えるならば、逆が真である。熟達者は定式化〔formulation〕とスタンダードの価格の点で良構造の問題をとり、それらを悪構造の問題へ変形した。しかしながら、活動のパースペクティヴからだと、問題点は、さらに複雑である。事実、熟達者は解決されるべき問題を変形した。“一つの正当価格”を生み出すのは、必ずしも熟達者にとって、ひとつの解決法をつくりなすものではなかった。

 

活動アプローチ〔An activity approach〕

 

 活動かタスク、すなわち販売オーダーに応じることの具体的なタイプに従事する全人格のレヴェルでの分析単位がこの研究の対象である。活動レヴェルでのこの単位は、活動の構造や中身の展開における熟達者/初心者の相違の研究を可能にするという理由で、選ばれた。分析単位は、その領域やどのように調査されるのかに関係していなければならない。活動のレヴェルでの分析単位を選択することで、全体の特徴を有する構成要素の研究ができる。

 

■目的活動の第一レヴェル:初心者から熟達者までの目標動機の再組織化〔The first level of object activity:Reorganaization of goal motives from novice to expert〕

 

観察、インタヴューのデータ、参加者による説明から収集された成果により、目標の動機は、意識的な動機として定義されるが、熟達者を初心者から区別するのに中心的な役割を担っていることが示唆される。動機は、直接的に観察されえないが、“他の活動構成要素を分析することによって引き出されえる。”(Hakkarainen, 1986, p. 74)Leontievによれば(1979, 1981a)、動機付けは、個人〔person〕の内側からでてくるのではなく、社会的に構築された活動に参加することを通して、そのなかで起こる。伝統的な理論に反して、このことは頭の内側から世界のなかの“対象”に境界を移し、もっと具体的なやり方で動機を定義する。例えば、インタヴューのデータから、個人的な目標の動機と初心者の会社のアジェンダは、一つの対象に集中することが示された。つまり、会社にとってもっとも良いことをする。初心者にとっての活動対象は、第一に会社のスタンダードに応じて、オーダーを処理することだった。初心者にとって、個人的感覚や(会社)組織的な意味は、ひとつだった。

 熟達者は、異なっていた。レスポンスのパターンは、仕事をしている間、熟達者の仕事活動は変化し、しばしば相反する対象へもっと直接に向くようになったことをほのめかしている。オーダー・バウンド・スキル(すなわち、経営上のタスクとしばしば関わる決定と責務)へと上がる仕事活動のこのシフトは、熟達者のなかで、ある企業状態に達する非現実的理解か幻想を強化した。しかしながら、その企業状態は、現在の金銭的利潤(彼らの給料額)によって支持されない。熟達者の販売員によるコメントは、このシフトを反映した。目標がどのように会社のものと比較されるのか尋ねると、初心者は、典型的にこう答えた。

 

初心者2:会社のアジェンダ。“もし会社によい顧客がえられるならば、幸せです。”個人的な目標。“会社はうまくいっていて、私といっしょに幸せです。”

 

初心者4:会社のアジェンダ。“品質向上とともにサービスを向上させること。顧客を満足させること。”個人的な目標。“私の目標は会社と同じです。顧客を満足させることが個人的な満足をもたらしてくれます。”

 

初心者5:会社のアジェンダ。“会社のため販売を増やすこと。”個人的な目標。“もっと経験して、知識を得ること。電話でお客と話す際にもっとリラックスになること。ちょっといらだっているから、いらだちを抑えたい。”

 

熟達者にとって、会社のアジェンダと個人的な目標との関係の構造は、相違し、しばしば、緊張と矛盾のなかにある。

 

熟達者15:会社のアジェンダ。“きっと、競争に耐える価格を示し、配送期日に間に合わせたい。”個人的なゴール。“責務を果たしお金を稼ぐこと。ここから得ること。ときどきなぜここにいるのかわからなくなる。自分自身のために、これをしているべきだ。”

 

熟達者17:会社のアジェンダ。“私のゴールは会社のものと同じだが、会社のゴールは、わたしのゴールを考慮すべきでもある。”個人的なゴール。“もし強烈な変化がないなら、会社で私が進めることができるさらなることはもうない。もしそういうことが起こったら、さらに進むことができる。ここで自分自身のためにすばらしい未来を見ない。ときどき、‘身動きがとれない’と感じる。それ以外のゴールは、お金を稼ぐことと、より高い任務を果たすこと。”

 

熟達者20:会社のアジェンダ。“私の仕事の目標は、会社のためになる最良のやり方で顧客にサービスすることだ。”個人的な目標。“他の誰かのために働くと、それは、いくぶん相反することだ。私は、最大の任務を果たすように努める。”

 

熟達者23:会社のアジェンダ。“私の目標は時間どおり、社内期日に、あるいは、前に、アイテムを出荷することだ。顧客をいらだたせないことだ。”個人的な目標。“ただお金を稼ぐことだけでない。私のゴールは、誰か…成功したビジネスマンになること。今、生き残らなければならない。支えなければならない家族がいるから、しっかりした会社を望む。一方で、不動産会社の小さな一部分をもっている。私は、ここで進んで、もっとお金を稼ぎたい。お金がいつも最初に来る。”

 

 これらのプロトコル引用が示すように、文化・歴史的な社会の意味や個人的感覚は多くの熟達者にとって分離するようになった。言い換えれば、熟達者は、個人的要求と会社の要求との矛盾した要求のなかに捉えられた。彼らはいくつかの目的をもち、“現実と同時にいろいろな関係”(Leontiev, 1979, p. 73)をもっていることを示している。このことから、熟達者にとって関係する活動が、個人的レヴェルで、かつ彼らが関係するような文化・歴史的な社会の、または会社レヴェルでの動機の組織化によって、初心者のそれとは異なって、構造化されることが示唆される。

 図3は、会社や働く人にとっての電話販売活動の文化的意味と個人的感覚の相対的位置を図式的に示したものである。見られるように、仕事場〔workplace〕のイデオロギーを考察するのにいくつかのやり方がある。初心者は、物質的なものに結び付き、厳密に公式のスタンダードにくっついた表層イデオロギーを繰り返す。一方、より深いイデオロギー―会社や自分自身のため利益を最大限にするもの(Laufer, 1990a, 1990b)―を用いた。こうした外見上の多数のイデオロギー的形式は、同時に存在し、仕事実践を支えた。

まず、会社にとって、電話販売は、アイテムの入手可能性、必要なアイテムの量と品質、顧客や供給者との交渉のように、多くの公式、非公式な変数に基づいている。第二に、初心者にとって、電話販売の目標動機は、会社の公式規範に一致するものであり、価格決定で会社が設定した値入額を利用し、十分にそのアイテムを指定する。第三に、熟達者にとっての電話販売は、多数のアスペクトをもった。彼らの目的〔objectives〕は、組織(公式、非公式な)によって置かれた規範に基礎を置く。公式の意味や非公式な意味の広範囲の基礎システムに優先したり、時々、反対したりして、別のシステム、つまり個々の、あるいは個人的な感覚のシステムが並置されたり、対立されたりした。このパーソナルな感覚は熟達者にとって展開しつづけたし、その定式化で決して完全ではなかった。それは、“可能性の未来”のなかにあった、つまり、前進すること、ビジネスを始めること、さらなる挑戦をすること。これら働く人にとって、目前の目標や全体の動機は、分離するようになった。これは、初心者から熟練者へ移行することが、文化・歴史的な社会の意味が個人的感覚と異なってくることになる可能性を生じさせる。

 

■表層から複雑な多層社会諸関係への変化〔Transformation from surface to complex multilayered social relations〕

 

熟達者全員が、親密関係が熟達者であることで重要な役割を担うことを認める。8人の熟練者は、さらに、次のことを重要だと感じた。顧客を打診し、声のトーンに耳を傾け、そこから競争相手と先の損失に関する情報を得ることなどなどである。このパターンは、“インタラクションを探し出すこと”(販売員、顧客、部品製造業者各々が他方を何か特権的情報のためにひそかに探す、として特徴付けられる)と適切に呼ばれうる。このことはワーキング・バックワードの別の形態を示す。ここにいくつかの例がある。

 

熟達者S:“あなたの顧客が望んでいるものを聞き入れること、そしてこの価格不安定の点からあなたの方法を感じること・・・あなたは顧客の反応や声のため、いかに値段をつけるべきかを知っている。”

 

熟達者L:“あなたは、声の調子から、そしてあなたが尋ねる数個の問いからただちに知る。もし誰かがこう言ったら、‘販売していただけますか’と。それはすばやい口調だ。‘注文を出さなければなりません。今すぐに必要です。’顧客がかなり欲しくてたまらいことを意味している。あなたは高い値段を請求することができる。”

 

ここで、“熟達した電話販売員であるのに何が必要であると見なしますか”という質問へ対するいくつかの答えを挙げる。

 

初心者L:“顧客にとって魅力的ですばらしいこと。オーダーをすることを促すこと。明細書や配送期日でもって同意すること。テクニカルな事柄以外のほかのことを話すこと。例えば、週末のプラン。”

 

熟達者S:“状況を判断している。それは、始めの会話の水面下で(オーダー)を得る術であること。情報を引き出し、次にそれについて何かをし、状況をあなたの有利な方向へもっていく。どんどん進んで行く、または、重要な情報を引き出すことなく任務に取りかかるとは逆に。そんな術。”

 

熟達者R:“この商売の90%が最初の年で学ぶことができる。他10%は、続く20年要る。”

 

これらの反応から現れるテーマのいくつかから、働く人の社会的特性における主な熟達者/初心者の相違が、彼らの関係(交渉)のパターンに集中したことが示される。記述から、初心者は、第一に、顧客とモノローグのような、表面的な、親密な関係をもつように努めた。一方で、熟達者の反応は、仕事世界で多くの様々な、同時の諸関係レヴェルをもつ。例えば、顧客たちともっと意味深い社会的諸インタラクションを展開して、そして、外見上の友好関係は、しばしばオーダーを得て、敵対者に対してある種有利な立場を獲得する道具として機能した。このことから、熟達者は一般的により深く、もっとダイアローグ的に、ダイナミックな関係を顧客や部品製造業者と初心者よりも展開したことが示唆される。言い換えれば、彼らの関係は、特定の人々や状況に厳密に合わせられたのである。これらの私的な関係には、しばしば感覚的な構成要素があり、ただ単に、テクニカルな情報の共有と堅く結び付けられているわけではなかった。これらのインタラクションは、音声発話と対話的交換の社会的役割へのVolosinov(1973)やBakhtin(1986)の関心を思い出させてくれる。

 図3は、データによってほのめかされる3層の初心者/熟達者シフトを示している。仕事活動の一般的なレヴェルで、初心者は“事務の販売”と呼ばれうるものに参加していた。それは、モノローグ的な質の仕事活動を反映していたし、彼らの日々の行為の主な構成要素がまったくもって、型にはまっており、事務的であったからである。他方、熟達者は、“電話販売”と呼ばれうる仕事活動に参加した。彼らの日々の行為が対話的な電話コミュニケーションでなっていた、すなわち、顧客と部品製造業者と交渉をしていたからである。

 

■行為や操作レヴェルでの熟達者/初心者の相違〔Expert/novice differences on the level of actions and operations〕

 

3で見られるように、熟達者によるさらなるオーダー・バウンド・スキルへの動きとともに、初心者と比べて、活動構造でより低い次のレヴェルへ同時に質的シフトがあった。例えば、見出されたものにより、内部や外部の手段、すなわち、仲介諸形式、そして、それらのトランジションが調べられるとき、それらは、初心者/熟達者のシフトを示していることが示される。初心者は、外部手段を用いる。アイテムを定めるのを助けてくれるように他の共に働く人に尋ねるように。一方、熟達者は、初心者の外部行為を内部操作、すなわち、自己生成的質問へ変えた。初心者にとって、目標はアイテムの特徴を明確にすることであり、これはどのようにそのアイテムの値段がつけられるのかを構造化した。他方、熟達者の目標は、価格を推定することだった。価格は、質問提示〔question-asking〕を構造化した。熟達者にとって、質問提示は、目標への手段であり、目標そのものではなかった。彼らは、タスクの質問提示の構成要素に、例えば、“どのようにして、商売敵よりもよりよく値段をつけることができるのか”としての、彼らの商売実践のある局面を重ねた。

 要するに、価格は、全体的商売実践によって構造化された。質問提示〔Question asking〕、社会諸関係、動機づけ、目標すべてが係わった。意味や感覚でさえ、熟達者の場合、価格へ凝結した。一般的に、熟達者は、熟達者はその産業の企業文化の一部になったのであり、そうした文化を反映した。彼らは、あえて冒険するだけの余裕はあった。利用できることをする多くの選択的方法があったからだ。概して、ほとんどの初心者にとって、目標は質問すべてをすることだった。彼らは冒険をすることはできなかった。彼らの行為は、目標によって制約され、制限された。

 面白いことに、初心者の社会的インタラクションのパターンこそが、同じように、唯一の対象や目標に制約された。顧客や部品製造業者との親密だが、モノローグのような関係で反映されるように。他方、諸行為のレヴェルで、顧客や部品製造業者との瞬間瞬間の対話的インタラクションは、熟達者の多数の対象やゴールに満ち溢れた。

 

■電話販売における問題解決は何か〔What is problem solving in telephone sales?〕

 

熟練者たちは、一つの正当な価格や解決策を提示しなかったが、それは、電話販売での彼らの活動にある多数の社会的、物質的結合のためである。彼らの価格決定行為の目標動機〔goal motive〕は何だったのか?ここで実存する問題点は、目標の多数性を示すある状況と異なって、問題や問題解決状況を何が構成するのか、である。現時点での研究で、一つで唯一の正当価格を与える目標をもつということは、初心者にとって一つの解決法を構成するが、常に、熟練者にとっては、そういうわけではない。単一の価格は、その産業の規範的スタンダード(ほとんどの初心者が追随する)に特徴的であり、線的論理/合理主義の思考モデルによって定められるもっと伝統的な経験的問題解決タスクで生じる解決法により近いのである。

 多くの熟達者にとって、例えば、客にオーダーを繰り返してもらうこと、供給者から正当な価格を得ること、同時に、お金を稼ぐことなどなどのように、多数の現実において操作することは、多数の目標を表している。熟達者が個人的に顧客や状況のタイプに応じて、価格を定めたり、編集したりするという事実は、彼らの動機付けや価値の諸アスペクトを反映した。この違いこそが、まさに、彼らの仕事実践を形成し、熟練者と初心者が異なったタスクを実行するという事実をもっとも示した。言いかえれば、社会的、物質的構成要素の割合は、初心者から熟練者まで変化した。初心者にとって、オフィスやそのなかの人々の社会文化的構造が、オーダー応対活動に主要なリソースをもたらした。ほとんどの熟達者にとって、オーダー入手は多レヴェルで、多目的の現象であり、初心者のそれとは量的にも質的にも異なった行為や操作の相互作用を発生させ、オフィス環境の範囲を越えて、リソースの全体的社会ネットワークを包み込んだ。Leontievの原理とその活動モデルによれば、要求対象(動機)こそが、活動を導き、方向づけるのである。仲介諸形式が変化するとき、熟練者になる流れで、知識のローカスや活動の構成物の構造において、シフトもまたある。

 

結論:熟達性と初心者性としての熟達者と初心者〔Conclusion:Redefining expert and novice as expertness and noviceness〕

 

工業精密部品の知識は、必要であるが、専門知識の唯一の尺度として用いられない。より大きなデータベースが販売員を解放し、専門知識の発達を、社会的スキルとともにテクニカルな知識の統合や構造的再組織化に影響する、社会的かつ文化的な経験の獲得を通じて、促進する。

 例えば、初心者は、学校で得る知識をもって、たいてい事務的仕事人として始める。もっと経験豊かな共に働く人は、たいてい電話販売の単調な機械的暗記、あるいは型にはまった局面をこうした新米連中に委任して、飽き飽きするこの商売の細目から逃れる。時間と経験でもって、テクニカルな局面とスタンダードな手続きは、初心者の働く人に学ばれる。伝統的な合理主義理論のなかでは、これらのワーカーは、今、熟達者と見なされる。しかしながら、活動アプローチからだと、テクニカルなアスペクトがきちんとした後、販売員というものは、次に、タスクの他アスペクトすべて、例えば、商売実践のもっと状況特定的な実現、すなわち、部品製造業者と取引し、顧客のために価格を推定し、バックワードに進んでいくなどなどのようなアスペクトを自由に統合するのである。

 こうして、熟達者/初心者の相違の概念は、質的、量的相違や知識の組織化を単に見ることだけでは、徹底的に検討され尽くされない。いつも論理/合理主義の思考モデルと係わっているが、商売の才の利用と呼ばれうるものにおけるバリエーションに焦点をあてるのである。その商売の才の利用は、実務の文化や意味を再生産したり、例示したりする方法である。

 それゆえ、熟達者性と初心者性は、熟達者、あるいは初心者である個人から分離されえないのである。熟達者であることは、特定の仕事活動に参加し、それを変形しなければならず、そして自分自身が変形されるプロセスに参加しなくてはならないのである。現時点での研究では、電話販売の仕事は、熟達者や初心者にとって異なっている。なぜならば、活動は異なり、主体(働く人)と客体(要求対象)は異なるからである。このことは、ある活動システムから別の活動システムへの大きなシフトを表す。理論的に、本当に熟達者の働く人は、仕事活動において、文化、または、文化・歴史的な社会の意味を再生産し、それに彼ら自身の個人的な感覚をもたらすのである。

 結論として、コンピュータ補助デザインの統合、マニュファクチャリング・リソース・プランニングなどのような新しいテクノロジーの出現にもかかわらず、歴史は、この仕事活動のデータを収集するのをちょっとの間可能にしてくれた。これらワーカーの心理学的かつ社会的経験の古いパターンの多くが“紙なし”、“人なし”の処理へ変えられする前に。ここで調べた知識や活動の種類は、その変化の前夜にあるのである。新しい仕事需要の創出でもって、知識の組織化、個人的諸関係、ここで論じた交渉は変化するだろう。

 これら熟達者はどこへ行くのか?将来の研究は、広く、深く、複雑な種類の実際的な知識をもった熟達者に起こるであろうことに向けなければならない。この研究で重要なのは、歴史的発展のなかの特定時点で、特定文化に埋め込まれた社会的諸関係のシステムのなかで、変化していく特定の個々の活動を調査することなのである。