情報処理能力(information processing)
 青年期の情報処理能力の発達は,情報を入力する知覚・言語系,貯蔵・処理する記憶・思考系,さらに,出力する言語・運動系の発達が支えている.これは,情報処理のハードウェアである脳の神経細胞における髄鞘化が伝達速度や精度を増大させ,前頭葉のシナプスの完成と機能の特殊化が抽象的思考を可能にしている.その結果,学習効率が高まり,ソフトウェアである知識やスキルの貯蔵量が増大する.
 (1)情報処理能力の発達
 ①処理の高速化 情報処理の速度は,青年期でピークに達し,それ以降低下する(例:視覚探索,メンタルローテーション,短期記憶走査,長期記憶検索,加算,類推課題等).これらは,機械的知能に関わる流動性知能と対応する(Horn,1994).高速化には,すべての課題に共通する処理自体の高速化と,課題固有の自動化による高速化がある.前者は,脳神経系の成熟に支えられており,後者は,学習や熟達化による知識・技能の獲得に支えられている. ②処理容量の増大 処理容量は,発達による作業記憶容量の増大により,青年期でピークに達する.幼児・児童期においては,作業記憶容量が実行中の情報保持量を制約し,処理能力の限界となっている(e.g., Pascal-Leone,1987).青年期以降は老年期まで,作業記憶容量の大きな低下はないが,③の方略利用や④の既有知識によるチャンク化が処理容量を増大させている.
 ③処理の効率性 情報処理活動全体をコントロールするメタ認知的能力の発達は,処理の効率化を支えている.メタ認知的スキル(方略の獲得や実行)とメタ認知的知識(方略,課題や自分に関する知識)によって,自分の情報処理過程をモニターし,プランを立て,心的努力を最適に配分するような能動的制御が可能になる.たとえば,受験勉強は,知識の獲得と管理を,長期的なプランニングのもとに,自分に適した方略を用いておこなうことが重要である.
 ④知識やスキルの構造化 知識やスキルは経験や学習によって,生涯を通じて獲得され,貯蔵量が増大する(結晶性知能に対応).その長期記憶容量には限界はない.新しい知識やスキルは既有知識と関連づけて獲得され,構造化される.したがって,既有知識が増大するほど,新たな情報の獲得,理解は容易になり,さらに,それを利用した高次の問題解決が可能になる.
 (2)情報処理のバイアスと批判的思考力
 青年期以降の情報処理においても,処理容量の限界はある.したがって,大量で複雑な情報に対処するためには,処理負荷の低い情報処理方略(ヒューリスティック)を用いて,素早く結果を得る必要がある.これは,簡便な結果は得られるが,時には系統的なバイアス(検索しやすい情報への注目など)を生む(Tversky & Kahneman,1973,1982 ).また,強い信念(例:偏見)や感情(例:鬱状態)も,情報処理のバイアスを生む.
 こうした情報処理のバイアスを除くためには,批判的思考力(Critical thinking ability)の役割が大きい.これは,情報を明確化し,それに基づく推論・議論の確からしさを規準(criteria)に照らして評価し,読解・議論・行動する能力・スキルである.それは,知的好奇心をもち,柔軟にかつ客観的で筋道立てて注意深く考える態度にも支えられている.
 批判的思考力は,情報活用能力として,適切な情報を収集・選択する能力,分析・統合する能力,活用・実践する能力に結びつく.これは,コンピュータを利用した情報処理能力であるコンピュータリテラシーにおいても重要な能力である.
 (3)まとめ
 個人の認知システムの情報処理能力は,速度や効率面では,青年期がピークとなる.これをベースにして,青年は,環境を選択し,学校,職場や家族などの社会的環境と道具などの物理的環境といった認知的資源を活用して,知識やスキルを能動的に獲得していく.したがって,青年期以降の認知システムは,情報処理能力が適応的に発達していくとともに,個性化していく.
市川伸一(編) 1995 思考(認知心理学4) 東京大学出版会 
落合良行・楠見孝(編)1995 自己への問い 直し(講座生涯発達心理学4)金子書房
楠見孝 2000 久世敏雄ほか監修 青年心理学事典 p121福村出版所収