推論(reasoning, inference)

 

推論(reasoning)とは、利用可能な情報(前提や証拠)から、規則、過去事例やメンタルモデルに基づいて、結論や新しい情報を導く思考過程である(例:数学の問題を解く).与えられた情報を越えた判断は、推測(inference)として区別することがある(例:行動から性格を探る)。ここでは、両者を、理解、読み過程、問題解決、知識獲得を支える情報処理過程として、区別しないで扱う。まず、推論のタイプを、演繹推論と帰納推論に分ける。

 

()演繹推論 演繹は複数の前提から結論を導く推論である.定言的三段論法は以下の形式をもつ。

大前提「すべての人間は死ぬ」

小前提「ソクラテスは人間である」

結論「ゆえにソクラテスは死ぬ」          

結論は必然的に導出でき、演繹的妥当性に照らして判断できる.ほかに演繹推理には,仮言的三段論法(もしAならばBである。Aである。ゆえにBである),線形三段論法PQよりも大。QRよりも大。ゆえにPRよりも大)などの形式論理学に依拠した課題がある。人は形式的推論課題においては誤りやすいパタンがある(例:形式的誤り(前提と結論の形式(全称/特称・肯定/否定)が合致すると推論が妥当だと判断しやすい雰囲気効果);内容的誤り(事実や期待に合致する(しない)前提や結論は、推論が妥当である(でない)と判断されやすい)。さらに、推論には、文脈や背景知識の影響を受ける文脈依存性や知識の領域固有性がある。したがって、結論の妥当性を判断するには、命題内容を記号PQに置き換えたり,真理表,オイラー円図,ベン図を書いて参照するなどの認知的道具の利用が有効である.また、記号処理プログラムを書いてコンピュータでシミュレートすることも有効である。なお、演繹推理に支えられた有意味受容学習は、一般原理を最初に学習して、つぎに、個別の概念や事例の学習に進む教授法である。

 

 ()帰納推論 帰納は,複数の特殊事実から一般的、普遍的法則性を導出する推論である.すなわち,一般化や知識の形成・変更に関わる推論である.たとえば、カテゴリ帰納は以下の形式をもつ。

「スズメは種子骨をもつ」(前提)

「タカは種子骨をもつ」(前提)

「ゆえにトリは種子骨をもつ」(結論)

ここで、前提事例(証拠)が増えれば、結論の蓋然性(もっともらしさ)や確信度は増す。このように、カテゴリ帰納は、あるカテゴリの少数事例の観察に基づいて,その特徴を一般化する。逆に、そのカテゴリの他事例に一般化することもある。これは概念学習を支える推論である。他にも帰納推論には、過去や現在の行動観察に基づいて,一般化をおこない,未来の行動を予測したり,因果推論することも含まれる.また、科学的発見(データ群から数式や構造を導く),診断(症状から病因を導く)、統計的推論や類推も帰納推論に含まれる。これらの帰納推論に共通なプロセスとしては、3つの段階:事例獲得,仮説形成・検証がある。発見学習仮説実験授業は、具体的事例に基づいて、仮説を形成し、実験によって仮説を検証して、一般法則を発見する教授法である。

 

 ()日常推論 日常推論は、談話や外界の理解や意思決定において働く。それは、談話の構造と内容に依拠している。たとえば、「今シーズンは阪神が優勝する(結論)。なぜなら投手陣の調子がよいから(前提)」は、結論とそれを支持する理由や根拠(前提)からなる。ここでは、前提が結論を支持する適切な根拠をもち、矛盾しないことが大切である。また、既有知識や文脈が,結論の評価に影響する.

 日常推論では、日常生活の反復経験を経て導出した実用的推論スキーマ(目標と出来事や行為との関係に限定された推論規則群:因果スキーマ、許可スキーマなど)や過去の事例や典型例に基づいて、推論をすることもある。また、日常推論では、演繹と帰納が組み合わされることもある。

 

()教科教育に関わる推論 教科における推論は、内容に即した適切な規則と知識を選択・検索することが重要である(日常的経験を想起すると誤ることがある)。たとえば、物理学の初心者は、物体を表現する質的なメンタルモデルに基づいて推論するのに対し、科学者は、抽象的関係(例:モーメント等)を表現するモデルを構築してメンタルシミュレーションによって量的推論ができる。すなわち、学校教育は、教科の領域知識や推論の規則を児童・生徒に教えることによって、日常的知識や推論規則を科学的なものに修正することを目指している。さらに、批判的思考力の教育は、日常的な問題に科学的な知識や規則を適用する訓練を取り入れている。

 

()推論能力の発達 推論能力の発達は、知覚的な手がかりに基づく連想・連合に基づく直観的推論から、抽象的な規則や原理に基づく推論に発達する。これは、領域普遍的な技能・知識と(教科のような)領域固有の知識の獲得に依存している。

 推論能力の発達においては,形式的推理を支える知能の発達が,可能なパフォーマンスの上限を定め,経験・知識や,課題の表面的情報や文脈情報が成績を左右している.一方,利用する情報・知識や規則の選択はメタ認知(メタ推論)がコントロールしている.メタ認知の発達は,文脈や状況に応じて,事例、知識や形式的推論を利用したり,真理表などを作成して,遂行を適切にコントロールできるようにする.このように,実際に人が用いる推論にはレベルがあり,具体性の高い領域依存的推論から,準抽象的な実用論的推論,抽象的な形式論的推論がある.具体的な領域知識に基づく推論は,認知的負荷が小さく,強力で効率が良いが,適用範囲は狭い.一方,形式的推論は,適応範囲が広いが、認知的負荷が大きいため、利用されないこともある。すなわち,人は,発達にともない、認知的負荷を軽減しつつ,目標や状況において適切な結論や情報を導くように、適切な推論のレベルを選択し、実行している.

 

→批判的思考、類推、概念、メタ認知、スキーマ、メンタルモデル、読み過程  [楠見孝] 教育工学事典(実教出版)所収

 

文献 市川伸一編 1996 思考(認知心理学4) 東京大学出版会

 

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