ヒューリスティックス Heuristic

問題解決,判断,意思決定をおこなう際に,規範的でシステマティックな計算手順(アルゴリズム)によらず,近似的な答えを得るための解決法である。1970年代以降,トバースキーとカーネマン(TverskyとKahneman)の一連の研究によって,簡便な方略としてのヒューリスティックスとその系統的なバイアスに焦点が当てられるようになった。

現実世界では,人は,情報処理能力や知識,時間の制約のもとで,最適化をはかる必要がある。そこで,認知的倹約家としての人は,ヒューリスティックによって,素早く,おおまかな認知的処理をする。これは制約された合理性あるいは,適応の点から見ると生態学的合理性があるといえる。

ヒューリスティックは認知的処理のための道具箱のようなもので,問題に応じて利用されやすいものがある。

不確実状況下での確率や判断などに用いられるヒューリスティックスには,トバースキーやカーネマンがあげた(想起しやすさに基づく)利用可能性,(典型性判断に基づく)代表性,(初期値から推定する)係留と調整,(心の中のシナリオによる)シミュレーションヒューリスティックがある。

また,意思決定にもちいるヒューリスティックとしては,(再認できる選択肢をより価値が高いと推論する)再認ヒューリスティック,(決定に必要な根拠を一つだけ記憶や外的情報から探索する)単一理由決定,(選択肢を削っていく)消去法,(系列的に結婚相手を捜すときなどに用いる停止問題型選択では,選択肢が要求水準を越えたときに決める)満足化ヒューリスティックがある。

複雑な対象の評価では,気分や態度に基づくヒューリスティックが用いられる。たとえば,今通っている大学の満足度の評価をする時に,様々な側面の情報を統合的に判断するのではなく,今の気分に基づいて判断する方略である。態度のヒューリスティックスは,当該人物に対する好意あるいは非好意的態度に基づいて,その人物に関する他の推論をおこなうことである。これはハロー効果と同じである。

ヒューリスティックが利用されやすい条件には,こうした特定の問題や文脈のほかに,領域知識や経験,情報がない時,時間圧力がある時,情報過剰の時,問題の重要性が低い時がある。(楠見)

 

 

トバースキーとカーネマン(TverskyとKahneman)があげた主なヒューリスティクス 

 (1)利用可能性 ヒューリスティック:人は,あるリスク事例を思い浮かべやすければ,その事例の生起確率が高いと判断する。一般に頻度が高い事例は低い事例よりも想起しやすい。しかし,思い浮かべやすさは,事例の頻度情報以外の影響をうけることがある。たとえば,航空機の墜落事故が起きた直後は,その事故のイメージが鮮明に思い浮かぶため,類似の航空事故の生起確率が過大評価されやすい。

 (2)代表性 ヒューリスティック:人は,あるリスク事象の確率を直観的に判断する時に,限られた事例(標本)を用いて,事象全体の確率を判断する。その時に,ある事例が,そのリスク事象(母集団やカテゴリー)を代表していると認知できるほど,生起確率を高く判断する。たとえば,ある航空機事故例が悪天候や整備ミスなどの典型的な特徴を多くもつ事故の場合には,その事故の代表性が高いため,航空機事故全体の生起確率が過大評価されるのに対して,パイロットの錯乱のような特異な特徴をもつ場合には,代表性が低いため,生起確率が過大評価されることは少ない。また,ある事象の結果,つぎの事象が起こる連言事象は,シナリオとしての記述が詳細になる。したがって,リスク事象としてのもっともらしさ(代表性)が高まり,その連言事象の確率は,単独事象の確率よりも過大評価される。とくに,シナリオを構成して,頭の中で帰結を想像し,その起承転結のもっともらしさの程度に基づいて確率判断をすることをシミュレーションヒューリスティックという。

 (3)係留と調整ヒューリスティック:市民は,最初に直観的に判断した値や与えられた値を手がかりにして,調整を行い,確率推定する。しかし,この調整を十分におこなわず,初期値にとらわれてしまうことがある。(楠見)

 

社会的認知ハンドブック 北大路書房(2001)所収