楠 見  孝
日本発達心理学会第10回大会シンポジウム「発達研究におけるコネクショニストモデルの可能性」
 
99.3.29

認知発達のシンボルモデルとコネクショニストモデル


size=4 width="100%" align=center>

1.はじめに:認知発達のシンボルモデルからコネクショニストモデルへ

従来、認知発達理論は、Piaget理論をはじめとして、シンボルシステムの形成とそ の操作の段階的変化を重視してきた。さらに、認知心理学の影響を受けて、それを情 報処理的アプローチでとらえる研究に展開してきた(例:Neo-Piagetian)。それに対 して、コネクショニストモデルは、認知処理を支える神経回路網における結合強度の 連続的変化を重視している。このパラダイムは、1980年代後半以降、認知科学におい て、神経科学、計算論、コンピュータ科学などの影響を受けて盛んになり、発達研究 におけるモデル化や理論形成にも大きな影響を及ぼすようになった。たとえば、不規 則動詞の獲得(Rumelhart & McClelland, 1986)、文法獲得(Elman, 1991,1993) Piaget課題である物の永続性(Munakata, McCleland & Johnson, 1997)や天秤課題 (McClelland, 1989) 記憶方略の発達(Anumolu, Bray & Reilly, 1997)などがモデ ル化されている。そして、シンボル派とコネクショニスト派の間で活発な議論がある (e.g., Marcus, 1998)。しかし、日本ではこうした議論は始まったばかりである。そ こでここでは、コネクショニストモデルの10年の成果を検討し、シンボルモデルとの 相補的特徴を明らかにする。そして、両モデルを融合したハイブリッドモデルに基づ く、第三の立場があることを主張したい。


2.発達研究におけるコネクショニストモデルがシンボルモデルよりも優れた点

コネクショニストモデルの特徴は、(1)神経科学的な基盤を持ち、(2)遺伝と環境の 相互構成的過程や個人差を説明できる。たとえば、生得的な機構と学習パラメタが、 環境のある側面への敏感性を規定し、学習環境の差異が加わって、神経回路網が形成 される。さらに、(3)発達や学習の臨界期、レディネスに関する説明やシミュレー ションによる検証ができる。また、(4)非連続的な段階移行をシステムの創発特性と して表現できる。シンボルモデルは各段階の記述モデルとして有用であった。しか し、知識表象の変化や移行のメカニズムの表現が難しい。それに対して、コネクショ ニストモデルは、入力による結合強度の連続的変化が処理機構を変化させ、行動の非 連続的変化を生み出すことを説明できる。(5)進化的コネクショニストモデルは、自然淘汰に基づいて、生殖、世代を経て学習効率が上がる過程を説明できる。このよう にコネクショニストモデルは、(6)学習・発達、処理、知識を同じ機構と原理で説明 でき、心理学の統合理論となりうる。


3.シンボルモデルとコネクショニストモデルの融合:ハイブリッドモデルの提唱

発達研究は、シンボルの形成や操作といった説明を排除して、神経回路網に基づい て理論を構築しなければならないのだろうか。こうしたeliminative connectionism に対しては、実験やシミュレーション結果から限界が指摘されている(e.g., Marcus, 1998)。そこで、より現実的なモデルとして提唱されているのが、コネクショニスト モデルとシンボルモデルと融合したハイブリッドモデルである。ハイブリッドモデル としては、(a)神経レベル、局所的コネクションレベル、分散処理レベル、シンボル 的ルールレベルの4つの階層で考える立場、(b)コネクショニストモデルでモジュー ル的なあるいは分散処理的な無意識的処理を、個別に表象されたシンボル操作で意識 的処理を考える立場(Johnson-Laird, 1988)(c)記号的知識表象のコネクショニスト 的な制約充足のメカニズムで、シンボルを扱うシンボリック・コネクショニストモデ ルの立場(Hummel & Holyoak, 1997)がある。こうしたハイブリッドコネクショニス トモデルは、(1)神経的、進化的な基盤をもつとともに、(2)知覚・運動的な発達か ら、認知発達さらに、感情的、社会的発達を扱うことができ、(3)神経、認知、社会 ・文化という異なるシステムの相互作用を統合的に説明できる(e.g., Shore, 1996)。さらに、(4)コンピュータシミュレーションによる厳密な記述と検証によっ て、理工学的研究とも連携可能な、脳や心に関する統合理論になる可能性があると考える.


もどる