概念(concept)

概念とは、一組の事物、事象やカテゴリについての心的表象であり、知識の構成要素である。それは対象やカテゴリ、語彙に関する情報からなる。

(1)概念学習 学習者は、(概念に属する)正事例(例:トリ概念におけるタカ)を記憶内の事例集合に蓄積し、それらから仮説を形成し、(概念に属さない)負事例(コウモリ)によって、仮説を修正する。そして、事例集合に基づいて、ボトムアップ的に、(共通する)定義的特徴を帰納したり、抽象化によって原型を形成したり、一般化によって、規則を発見したり、理論を構築する。一方、新しい事例(集合)に対して、トップダウン的に、概念の規則や理論を適用したり、既有の概念を類推によって転移することによって、概念を獲得する。

(2)概念の表象 概念学習により形成された心的表象は、個々の事例とそれを一般化したつぎの表象が考えられる。

(a)定義的特徴defining feature):(科学的概念や法概念などの)名義概念nominal kind concept)はその内包である(カテゴリの成員の基準となる必要十分な)定義的特徴の情報によって表現できる(例:三角形は三辺からなる)。教育において、概念を定義的特徴から教えることは、学習者に、概念の本質的かつ簡潔な情報を獲得させる。

(b)原型prototype):自然概念natural category:

例:トリ)や人工物概念(例:イス)は、原型という中心(典型)的成員(例:トリにおけるスズメ)や(カテゴリ事例の平均化された特徴をもつ)抽象的表象に基づいて構造化されている。教育において、概念を典型例から教えることは、学習者にとって、分類、命名、推論、記憶が容易なため、学習しやすい。しかし、科学的な分類学的カテゴリを形成するには、定義的特徴も必要なことがある。その理由は、原型に基づく概念は、事例と原型との類似性(特徴を共有する程度)に基づくため、正事例かどうかは確率的にきまる(正・負事例の境界があいまいで、成員性が連続的な)ファジー概念だからである。しかし、概念の中には、定義的特徴ではなく、(事例間は部分的に共有特徴をもつ)家族類似性family resemblance)に基づいて構造化されている場合もある(例:ゲーム概念におけるラグビーとチェス)。

(c )理論:概念は、私たちを取り巻く世界についての背景知識や領域知識に関する素朴理論naive theory)として表象されている。理論が概念の成員を他の成員と弁別し、まとまりを与える凝集性を支えたり、説明の原理を与える。たとえば、「結婚」には、法律だけでは定義できない多様な形態がある。一方、私たちが思い描く結婚の多くは「男女が幸せに暮らす」という理想である。しかし、現実の結婚は、必ずしも幸せとは限らない。こうした社会・文化的概念(例:家庭、教師、学校)は理想モデルにもとづいて、形成されている面もある。

日常経験に基づく素人理論は、科学的には誤概念である素朴概念によって構成されている(たとえば、生徒は、直観的(素朴)物理学に基づく概念をもっている(例:重い物は、早く落下する))。教育は学習者のもつ素朴概念を科学的概念に引き上げ体系化したり、新しい概念を連結させ再構成する。ここで、知識の再構成は、概念変化による概念間の関係の変化である(しかし、誤概念は変化しにくく、科学的概念と併存することもある)。

(3)概念構造 概念の階層構造には、上位-下位(クラス包含)関係や空間関係がある。上位-下位概念水準の中間には、(獲得、記憶、伝達等が容易な)基礎水準概念がある。上位概念の特徴を下位概念に継承することは、知識の容量を節約している(例:(哺乳類である)クジラは胎生である)。        

空間関係には、位置的包摂関係(例:ジャマイカは中米にある)と部分-全体関係(例:錐体は網膜にある)がある。

そのほかの関係には、時間関係(例:巣作りのあと産卵する)、因果関係(例:ウイルスによってエイズは感染する)、機能的関係(例:維束管は水や養分を運ぶ)、理論的関係(例:トリの鳴き声は配偶者選択に関わる)などがある。こうした関係は、知識のモデル化(ネットワークモデル、属性モデルなど)の基盤になっている。たとえば、概念をノードとして、関係やルールをリンクとする意味ネットワークモデルがある。また、スキーマモデルは、特徴-重要度や特徴間関係、上位-下位概念関係を表現する。とくに出来事を表現したものがスクリプトである。一方、コネクショニストモデルは、概念を活性化の分散パタンとして表現する。

(4)概念の機能 

(a)分類と事例の産出:概念は、対象の分類によって、(知覚・学習・記憶などの)認知過程における情報を適切に縮約し、適応的な行動を導く(認知的経済性)。とくに事例のカテゴリーへの分類をカテゴリ化という(例:クジラは哺乳類である)。さらに、適切なチャンク化によって記憶貯蔵された概念は、事例検索や生成の枠組みとして働く。

(b)理解と説明 分類された事例は、既有知識を適用し、解釈が可能になる。たとえば、エイズをウイルスによる感染症だと分類することによって、感染の危険性が理解されたり、感染の理由が説明できる。

(c )予測と推論 概念駆動型(トップダウン)処理は、入力情報を既有の概念情報に適合させる形で処理をする。ここで概念は、過去の経験を、現在や未来のための推論や判断の道具として用いることを助ける。とくに、帰納推論においては、概念は成員の特徴を推論する際に用いられる。

(d)コミュニケーション 概念は(教室、学会、文化といった)共同体の中で共有することによって、知識の伝達、間接経験に基づく学習が可能になる。 

(e)概念結合 概念を構成要素として、新しい概念を創造できる。たとえば、「教育」と「工学」の概念の結びつきは、新たな学問領域が生んだ。à 知識、表象、スキーマ、素朴概念、概念地図法、推論、トップダウン処理とボトムアップ処理 [楠見孝] 教育工学事典(実教出版)

文献 ロス,I.・フリスビー,J.P.(長町三生監訳)  知覚と表象(認知心理学講座2)海文堂 1989

    Medin, D.L. & Goldstone, R.L 概念 Eysenk, M. W. 認知心理学事典 新曜社 1990

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 概念は共通特徴で定義できる

必要十分条件

定義的な特徴から教えていく、

プロトタイプ理論

概念は家族的類似性のネットワークに依存する

典型例から教えていく、例外事例を述べる

理論が概念の構築や構造に制約している。整合性を支えている。

 理論は特徴が概念にとって重要かどうかを決定する 事例、プロトタイプ理論では特徴や関係の概念にとっての重要性は定義できない。

理想化されたモデルとして構造化 結婚や家庭

理論に基づく概念

整合性を説明できる

スキーマやメンタルモデルに基づく説明と合致する

 

意味記憶

 

 

 属性間の関係(電圧が上がれば電流が増す)

外延(金属)と内包(電気を通す)の結びつき 

 

  

 

理論

概念地図は概念構造の変化をとらえる方法である。

 

基礎水準概念は

たとえば、(たとえば、哺乳類(外延)は胎生(内包)である)

 

や、カテゴリ関係に関する情報「クジラ(下位概念)は哺乳類(上位概念)である」がある。

こうした概念の形成は、生徒の学習の目標でもある。生徒の概念を測定するには、再生法、概念地図法、インタビューなどがある。

 

 

 

 

  概念の構造

概念は階層構造をもち、分類学的な上位下位関係をもつ。

体系性

階層構造

 

概念の変化は、変化推論したり、、さらに、をに基づく推論と学習、既有知識領域からの類推による転移などによる。こうした 概念の獲得過程は、主体の認知的制約(認知発達水準、既有知識、枠組みとなる理論など)や対象の制約(特徴・関係・構造、存在論など)、社会的制約(教授法やコミュニケーション、状況、文化など)を受ける。概念の変化は、(トップダウン的な)理論の変化によっておこる

 初心者と熟達者、子どもと大人は、概念の構造に差違がある。学習や発達の過程では、こうした概念変化がおこっている。概念変化は「理論」の変化と考えられる。ここで説明の枠組みとなる「理論」の水準が概念やその理解を制約している。たとえばこどもの生物学的「理論」が帰納のパタンを支えている

 発達初期のある領域の概念獲得においては、生得的構造が骨格として働くことを仮定することもある。概念的制約は概念や環境の構造や生得的制約が、概念獲得の過程や獲得される概念を制約している

概念葛藤は矛盾する知識、態度、信念の間に起こる認知的不一致である。これを解消しようとする内発的(認知的)動機づけが学習活動を引き起こすことがある。

 概念転換としての学習

既有の概念に付け加わるのではなく、それとの相互作用によって、転換する。

 

ここで、(典型度の低い)周辺的事例間は、共通特徴の数がすくない(たとえば、スツールとソファ)。