第9章 研究の倫理 p147p154

作成者: 大棚 千絵

0.「倫理」という概念について

 

倫理 [りんり] 人として踏み行うべき道。人倫。人間の内側の内面にある道徳意識に基づいて人間を秩序づけるきまり。moral(『日本語大辞典』、講談社)

 

▼研究者における倫理では

     広く定義された、行動の指針・行動の評価基準・加えられる制裁を決めるもの。

     もう1つの社会的規範である法と比べて制裁の内容は緩やかであるが、制裁が与えられられる範囲が広い。内容も、共同体からの除名・資格停止など研究者生命に関わるもの。

 

▼ここで扱う倫理は、特に2種類に大別できる。

1)参加者の保護に関する倫理

・・・・・・研究に参加する前、その途中、その後での人々の扱われ方

2)研究の実施と報告にかんする倫理

・・・・・・研究の科学的な公正性と研究結果の提示の仕方

 

 

1.参加者の保護 

  実験参加者の倫理的扱いに関する原則や基準を規定したもの

     ニュールンベルグ綱領(戦争犯罪人法廷・1949

http://www.apionet.or.jp/~niss/days/nyurun.html)

     ヘルシンキ宣言(世界医師会・1964http://www.med.or.jp/wma/helsinki02_j.html)

・ベルモント報告(1978)

     『人を対象とする研究実施における綱領』(アメリカ心理学会・1982)

     心理学関連団体の倫理規定(参考資料A)             など

 

     大原則・・・参加者への害を回避すること(害を与えてしまう研究の場合、明らかに予測しうる受益性がリスクを上回ること)。

 

具体的には

     実験参加者が、研究の中での自分のリスクや役割を十分知らされながら何の強制もなく進んで研究に参加できる/している

     参加への勧誘は必要以上とみなされる過度なものでないこと

     インフォームド・コンセントを十分に行い、同意を得ること(ものすごく大事!)

     参加者が子どもの場合、両親や保護者にも同意を得ること

     参加者が途中で研究参加をやめたくなった場合、いつでもやめることができること

 

その他、特に注意するポイント

     参加者の匿名性を保つ(匿名が約束された郵送による質問紙調査なのに、督促状が届く)

     弱者を扱う時(子どもの他、囚人、精神疾患者、強制的施設にいる人など)

     実験参加者を騙す時(騙す事へのインフォームド・コンセントが取れないので、トラブルになる可能性がある)

     参加者がやめたがる時(どれだけ参加者を集めるのに苦労していても、快く!)

他にも・・・(『事例に学ぶ 心理学者のための研究倫理』 より)

     研究結果の報告を確約したのに、しない   など

 

 

2.研究の報告と実施

研究の実施と報告に関する著しい違反

     同僚達の訴え、データに疑問を持ち吟味した学者達により暴露

<申し立て後>→ 大学倫理委員会・専門倫理委員会・学会倫理委員会などが処理

         結果は『研究公正局ニューズレター』で報告される

                                          ともすれば、学会追放などの研究生命を絶たれるような厳しい処分も

 

よくある問題

     無断引用・盗作

     自分の主張に熱を入れるあまり、真実を削ぎ落とす

     誤解するような書き方をする

     実験変数には組み込まれていないような条件を操作する

     サンプルを偏らせる

     評定者に圧力をかけて、思うように評定させる

     基準測度の妥当性についての検討不足

     データのタイプに適した統計法ではなく、有利な結果が出るようなものを使う

     科学的根拠を差し置いて、実験参加者から得られた回答を根拠とする

     グラフや表の歪曲 

 

他にも・・・(『事例に学ぶ 心理学者のための研究倫理』 より)

     共同研究をした時、抜け駆けして発表する

     外国語の尺度などを勝手に翻訳して実験に用いる(いわゆる“海賊版”の作成)

まだまだいっぱいあります!

 

3.まとめ

 倫理的に適切に実験をデザインし行動するには、単純に専門職団体の倫理規定を学び、それに従うだけでは足りない。単純に決着がつかないようなグレーゾーンの問題が生じた時、自分自身の判断能力が求められる。

     研究倫理は「守らなければならないやっかいな枷」や「研究の幅をせばめる邪魔なもの」ではなく、研究者・実験参加者の双方の身を守るためにできた指針。

     『心理援助の専門職になるために 臨床心理士・PSWを目指す人の基本テキスト』のp193-194には、あいまいな状況での倫理的ジレンマに対処するために、倫理的判断の形成モデルとして「倫理的ジレンマの特質を見定め、コンサルテーションを受ける」「すべての選択肢について起こりうる結果を予測し、方法を絞る」など7つのステップが示されている。中でも特に重要なものとして2人以上の同僚あるいはスーパーバイザーに相談する事が強調されている。

 

参考資料A  心理学関連団体の倫理規定

参考資料B  事例検討

 

○参考文献

     氏原 他・編 『心理臨床心理大事典』 培風館、2004

     梅棹忠夫・他 『講談社カラー版 日本語大辞典 第二版』 講談社、1995

     アメリカ心理学会/富田 正利・深沢道子 訳、小嶋祥三・大塚英明 校閲 『サイコロジストのための倫理綱領および行動規範』 日本心理学会、2000

・・・APA作成『人を対象とする研究実施における綱領』(1982)の改訂版。

     安藤寿康・安藤典明 『事例に学ぶ 心理学者のための研究倫理』 ナカニシヤ出版、2005

  ・・・心理学関連の実験をする時に想定されるトラブルが、生々しい架空の事例を踏まえて論じられている。

     マリアン・コーリィ・ジェラルド・コーリィ 『心理援助の専門職になるために 臨床心理士・PSWを目指す人の基本テキスト』 金剛出版、2004

   ・・・セラピストに降りかかる倫理的な問題が豊富な架空の事例を沿えて論じられている他、「教育訓練における学習をより効果的にするために」「初心者が直面する問題」など、プロのセラピストを志す人向けの手引き。一読の価値あり。