BBS 2003/7/2  M1田中優子

 

論文紹介

J. St. B. T. Evans, D. E. Over, K. I. Manktelow 1993 Reasoning, decision making and rationality

Cognition, 49, 165-187

 

 

【論文の構成】

主な内容

           本論文で提唱する合理性の概念

           三段論法推論における信念バイアス効果の検討

            義務的推論における信念バイアスの効果の検討

            合理的選択と推論に関する基準としての決定理論の価値-批判的検討

 
 イントロダクション
  合理性と実用的推理
 三段論法推論におけるバイアス効果

    信念バイアス:その現象

    信念バイアスは合理的か?

 義務的推論

    暗示的な義務的推論課題

    近年の義務的推論研究

    義務的推論の合理的解釈

 決定理論と合理性

結論

 

 

 


合理性と実用的推理 

 

合理的な人間は主観的期待効用を最大化するような方法で選択する(古典的な意思決定研究 e.g., Savage, 1954)

        ⇅

合理性が論理性の概念,つまり推論の妥当性や演繹的な正しさに焦点が当てられている(演繹推論研究)

 

 Evans(1993)は,人間の推論と意思決定の合理性に関する議論は,2つの違いによって混乱していると述べ,合理性を次のように定義した。

 

 

 

合理性(目的の合理性):個人の目標の達成に役立つ方法で行われる推論.

 

合理性(プロセスの合理性):形式論理学のような推定上適切で規範的なシステムに従う

方法で行われる推論.

 

 

角丸四角形吹き出し: 〔補足〕:たとえば・・・・
 経済についてのある女性のアイデアを「女性は経済を理解できない」と主張して退けようとしている男性政治家がいる.
・	非個人的な視点に立てば,この男性は彼女のアイデアを棄却する正当な理由を持たないとして非合理的とよぶことができる。→非合理2的
・	しかし,もしこの男性政治家が,有権者のなかのある集団の偏見に訴えることによって自分の企てを成功させるかもしれない。つまり,個人的な視点をとれば合理1的であるかもしれない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                 筆者らの考えは,Newell & Simonが「制限された合理性(bounded rationality)」とよんだものに似ている。

                 人間が目標を達成しようとして失敗したとき,それがプロセスの容量や能力の限界を暗示していると仮定する。

                  人間には認知的限界がある。そのため,目標を達成するためには・・・古典的な決定理論で提唱されたように,すべての起こりうる選択肢と結果を通して効用を最適化・最大化することは困難。

 

 

●実用的推理と理論的推理

                 近年,合理性1と合理性2と関係している思考タイプへの関心が増大してきている.このタイプは,哲学の理論的推理(theoretical reasoning)と区別される実用的推理(practical reasoning)として知られている。

 

角丸四角形吹き出し: 〔補足〕
理論的推理:正しい信念を導くことを目的とする推理.すなわち,私たちが現実の世界を正確に記述しようと望むときに行うような推理.
 例)来月の天候はどのようになるかを推論しようとするとき.
実用的推理:ある目標に到達するためにどの行為をとるべきかについての決定に役立たせるという目的をもった推理.
  例)天候その他について手に入れた情報を考慮して,来月の休暇にはどこへ行こうかを判断するとき.
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                 人は,自分の行動の中で目標を達成するために実用的推理を用いる。実用的推理が正しい方法で行われるとき,合理性が表出する。

     例)もしもあなたが,ネコを新しいマットに蹴飛ばすべきか決めようとしているならば,あなたは実用的推理を行っている。

 

                 事実についての正しい信念を獲得するために理論的推理を用いる。理論的推理が正しい方法で行われるとき,合理性が表出する。

     例)もしもあなたが,今ネコがマットの上にいるかどうか確かめようとしているならば,あなたは理論的推理を行っている。

 

        合理性実用的推理

        合理性≒理論的推理

 

 

 

 

■三段論法推論における信念バイアス効果 

 

                 一般的に,現実生活での推論は,実験室での推論課題では十分にモデル化されない。

                 日常生活で私たちは,論理的であろうとする目的で論理的に考えはしない。目標を達成しようという目的で論理的である。

                 現実世界における合理性1は,実用的な目標達成への適応や,決定選択,できるだけ多くの関連する知識をすぐに検索して問題に適用することなどを意味する。

                 もし論理的なエラーが起こったら,これらの結果が,現実生活の問題へ応用に適応するかどうか最初に問わなければならない。

 

 

 

●信念バイアス:その現象

 

Evans, Barston, and Pollard (1983)

    被験者への教示は次のような文を含んでおり,問題材料に関する既有の信念の使用が妨げられるよう

明確に意図していた。

あなたは2つの陳述文が実際に真であると仮定して答えなければなりません。

もし帰結がその陳述から必然的に導かれると判断したら“はい”と,そうでなければ“いいえ”と答えてください。

  

   ↓研究で用いられた,論拠薄弱な三段論法と信用できる帰結の例

      (論証構造はどちらも同じで,妥当でない。しかし,帰結の信じられやすさが異なる)

 

 

習慣性があるものはどれも安価ではない

あるタバコ安価である

したがって,ある習慣性があるものタバコではない

 

 

タバコはどれも安価ではない

ある習慣性があるもの安価である

したがって,あるタバコ習慣性がない

 

 
 

 

 

 

 


                 論証の妥当性と,帰結の信じられやすさによって,4種類の三段論法の組み合わせが可能

[妥当-信じられる] [妥当-信じられない] [非妥当-信じられる] [非妥当-信じられない]

 

表1 帰結を妥当とする割合

 

 

信じられる

信じられない

妥当

89

56

非妥当

71

10

 

 

 

   演繹推論の使用を明示的に教示したにもかかわらず,かなりの信念バイアス効果が観察された。重要で有意な3つの効果が存在した。

(a)        被験者は,妥当でない帰結より論理的に妥当である帰結をより支持した。

(b)       被験者は,信じられない帰結より信じられる帰結をより支持した。

(c)       被験者の選択において,論理と信念の交互作用が見られた(妥当な三段論法において信念バイアス効果が大きい)。

 

*選択精査モデル(selective scrutiny model

  被験者は最初に帰結が信用できるかどうかを評価すると仮定する。もし信用できるならば,被験者は,三段論法のロジックを評価しようとせずに帰結を受け容れる。もし信用できないならば,ロジックをチェックする傾向が強くなるだろう。

 

 Evansら(1983)のプロトコル分析

     帰結だけに言及した被験者が最も信念バイアスを示した

     前提と帰結に言及した被験者が最も信念バイアスを示さなかった

             ↓

     信念バイアスは,前提に基づいた推論よりも帰結と関係している。

 

●信念バイアスは合理的か?

 

                 私たちの推論のメカニズムは,心理学実験室において問題を解決するためというよりも,現実世界において目標を達成するために発展してきた。

                 大きくて堅固な信念を維持することは,個人の目標を達成するどの行動にたいしても基盤を形成するので,知的行動には欠かせない。

 

  「論証が既存の信念を支持したとき,それらを厳密に検証することはない」と提唱.

これは,次の意味で合理性である。

(a)        論証を検証することなく,信念を維持することは都合がよい.

(b)       現在の信念の根拠を疑うために,絶えず努力するプロセスは法外である.

 

  個人の信念と矛盾する陳述を含む論証や証拠に直面した場合・・・

   その矛盾する論法を無批判に受け容れることは,個人の信念システムの一貫性を混乱させるだろう.

 

 

 


※〔補足〕はすべて以下の文献を参考にした.

   Jonathan St. B. T. Evans and David E. Over, 1996, Rationality and Reasoning, Hove, UK: Psychology Press. 山祐嗣(訳) 2000 合理性と思考―人間は合理的な思考が可能か― ナカニシヤ出版

 

 

 


修士論文に向けて

 

【大きな関心】:批判的思考はどのような意味で合理的か?

 

●これまでの主な批判的思考テスト

     Watson & Glaserテスト,Cornell Critical Thinking Test

            形式論理学的な問題.帰結の真偽判断や,論理的な誤りを選択させる.

 

 


  このようなテストで測定された「批判的思考力」は,合理性という意味で合理的な思考であると思われる。

  つまり,「規範的な批判的思考」を測定している可能性が高い。

 

 


  日常生活ですべての場面で規範的な判断を行うことは認知的なコストがかかる。つまり,日常生活で,

規範的な批判的思考を多用することは,認知的制約の面から考えると合理的ではない。

 

 


   これまでの批判的思考で用いられた「合理性」は,合理性2だったのはないか?

   上記のテストで「低い得点をとること」=「批判的思考力が乏しい,信念バイアスによるエラー,合理的でない」と判断してよいのか?

 


    「規範的な批判的思考テスト」で低い得点をとることを,合理性で再検討できないだろうか?

    個人的な視点では,何らかの生態学的な意味があるのではないだろうか?