BBセミナー 2002.5.15 教育学研究科D2 松田 憲
John G. Seamon, Donna Ganor-Stern, Michael J. Crowley, Sarah M. Wilson,
Wendy J. Weber, Corinne M. O’rourke, and Joseph K. Mahoney
Memory & Cognition
1997, 25 (3), 367-374
顕在記憶:意識的,意図的に検索された記憶
潜在記憶:先行呈示情報の無意識的に検索された記憶
○顕在・潜在記憶は様々な変数で分離できる.
・学習-テスト間でモダリティ(例えば聴覚呈示から視覚呈示)やフォーマット(例えば描画から単語)を変更.
→顕在記憶には変化はないが,潜在記憶は抑制される(Roediger & Blaxton, 1987;Schacter &
Church, 1992;Weldon, 1991) .
・左右反転,大きさといった表面的な変更.
→潜在記憶には変化はないが,顕在記憶は抑制される(Biederman & E. E. Cooper, 1992;L. A. Cooper,
Schacter, Ballesteros, & Moore, 1992).
もし反転や大きさの変化が潜在記憶に影響を及ぼさないのであれば,単純接触効果による好意度評定などの,全ての潜在記憶指標において同様の結果が得られるであろう.
単純接触効果:刺激対象への単なる繰り返しの接触が,その対象に対する好感度を高める効果(Zajonc, 1968)
○単純接触効果は再生・再認が不可能な状況でも得られる.
・刺激の閾値下呈示により再認意識が欠如した状態でも選好課題では経験済みの刺激を高い確率で選択(Kunst-Wilson&.Zajonc,1980).
→潜在記憶の単純接触効果への関与が示唆される(Schacter,1987;Squire,1992).
○可能図形と不可能図形を数回呈示した後に再認(これを学習時に見た?)と対象判定テスト(これは可能図形と不可能図形のどっち?)を行った研究(Schacter, 1990,
1991).
・旧項目の対象判定において,新項目よりもはるかに正確な分類が可能(対象判定プライミング効果).
→対象判定プライミングは包括的かつ構造的な符号化がなされる(特定の特徴よりも三次元の対象として符号化される)が,再認はそうではない(1990).
・再認は学習時の呈示回数に影響を受けるが,プライミングでは影響を受けない(1991).
・再認は可能・不可能の両図形で見られるが,プライミングは可能図形のみで検出される(1990, 1991).
○可能・不可能図形を使った単純接触効果の研究(Seamon et al.,
1995).再認と好意度評定は強制選(再認:前に見たのはどっち? 好意度:どっちが好き?).
・再認は学習時の呈示回数に影響を受けるが,好意度では影響を受けない.
・好意度は包括的構造的符号化に基づいておらず,可能・不可能の両図形で見られた.
→好意度判断は可能図形と,不可能図形の可能な部分の包括的構造的符号化に基づいている?
・単純接触効果は,顕在・潜在記憶を分離する検索意図性尺度の両基準を満たす.
・再認課題のみで意図的検索が求められており,ある特定の実験的変数が両課題を分離している.
今回の実験
○再認と好意度に対する,左右反転,大きさ,色といった表面的な変形の効果を検討.
・もし両指標が顕在記憶に基づいているならば,学習-テスト間の表面的変形は両指標のパフォーマンスを抑制するだろう.
・もし好意度が潜在記憶に基づいているなら,他の潜在記憶指標と同様に,対象の形自体はそのままである表面的変形の影響は受けないだろう.
実験1:反転
被験者:大学生48名
デザイン:2(刺激の向き:同じ,反転)×2(課題順:再認-好意度,好意度-再認)×2(刺激タイプ:可能,不可能)×2(課題:再認,好意度).刺激の向きと課題順が被験者間,刺激タイプと課題が被験者内.
材料:可能・不可能図形(Cooper et al.,
1992;Schacter, 1990,
1991).
手続き
刺激呈示
・12枚の刺激(可能6枚,不可能6枚)を5回呈示.
・呈示時間は2.5sec,ISIは3.5sec.
・方向付け課題は対象判定(可能 or 不可能?).
刺激評定
・再認と好意度の強制選択課題.
・反転条件の場合は,その反転に関わらず再認するよう教示.
・呈示時間は1sec,ISI(評定時間)は3.5sec.
・画面上にはターゲットと,90°回転ディストラクター(時計回りと反時計回りが半分ずつ)を左右に並べて呈示.ターゲットの出現位置は,半分は左側,もう半分が右側.
・新項目は12枚.
結果と考察
・課題順では,再認に有意差あり(前>後:F[1,44]=7.12,p<.02).ただし課題順は他の要因と相関なし.
・刺激反転は再認に抑制効果あり(F[1,44]=16.32,p<.0002).好意度には効果なし.
→反転が再認と好意度を分離.再認と対象判定の場合(Cooper et al., 1992)と同様の結果.
→顕在・潜在記憶課題に拡張可能.
→好意度評定が潜在記憶に基づく可能性大.
・刺激タイプは,再認・好意度において可能図形は不可能図形よりもパフォーマンスが高かった(それぞれF[1,44]=14.71,p<.0004; F[1,44]=6.82,p<.02).
・全てのパフォーマンスはチャンスレベルを有意に上回った.
実験2:大きさ
被験者:大学生64名
デザイン:2(大きさ:同じ,異なる)×2(課題順:再認-好意度,好意度-再認)×2(刺激タイプ:可能,不可能)×2(課題:再認,好意度).大きさと課題順が被験者間,刺激タイプと課題が被験者内.大きさ異なる条件の半数の被験者は小さい刺激,もう半数は大きい刺激.
材料:実験1と同じ.刺激までの距離で大きさを操作.比率はL. A. Cooper et
al.(1992), Schacter et al.(1993)に準拠(1:2.5).
手続き
・大きさが異なる条件の場合は,大きさに関わらず再認するよう教示.
・それ以外は実験1と同じ.
結果と考察
・実験1と同様,再認・好意度において可能図形は不可能図形よりパフォーマンスが高かった(それぞれF[1,60]=35.41,p<.0001; F[1,60]=4.66,p<.05).
・全てのパフォーマンスはチャンスレベルを有意に上回った.
・大きさの変化は大小関わらず再認に抑制効果あり(F[1,60]=10.76,p<.002).好意度には効果なし.両指標間で大小間の差はなし.
→大きさが再認と好意度を分離.再認と描画命名課題(Biederman & E. E. Cooper, 1992)や対象判定の場合(L. A. Cooper et
al., 1992)と同様の結果.
・大きさの比率を1:1.5に変更して追加実験を行った結果,再認・好意度ともに大きさの効果なし.
→再認は大きさの比率に敏感(Jolicoeur, 1987).
実験3:色
○色付きの対象は白黒に比べて命名や分類の速度が速まる(e.g., Ostergaard
& Davidoff, 1985)
・対象同定における色の効果は,色と対象の関係強度と課題難易度に依存(Price &
Humphereys, 1989).
→色は,対象との関係強度が高くて課題が難しいときに,対象同定を促進させる.
○色の変化はプライミングにほとんど効果がない.
・色の任意の変化は描画命名課題におけるプライミング強度に影響がなかった(Cave, Bost, &
Cobb, 1996)
・学習-テスト間での文字色の変化は,語幹完成の成績に影響がなかった(Jacoby, Toth,
& Yonelinas, 1993)
・背景色の変化は,無意味多角形への好意度への効果はなかった(Bananno &
Stilling, 1986)
○再認課題には若干の効果が認められる.
・1時間の遅延ではヒット率に色の変化の効果は見られないが,48時間後には有意に減少する(Cave et al., 1996).
被験者:大学生48名
デザイン:2(色:同じ,異なる)×2(課題順:再認-好意度,好意度-再認)×2(刺激タイプ:可能,不可能)×2(課題:再認,好意度).刺激の向きと課題順が被験者間,刺激タイプと課題が被験者内.
材料:色の違い(赤か黄色)以外は実験1と同じ.半数の被験者は赤,もう半数は黄色を学習.
手続き
・色が異なる条件の場合は,色に関わらず再認するよう教示.
・それ以外は実験1と同じ.
結果と考察
・実験1と同様,再認・好意度において可能図形は不可能図形よりパフォーマンスが高かった(それぞれF[1,44]=27.65,p<.0001; F[1,44]=14.35,p<.0005).
・再認・好意度の両群において,色の主効果なし.
→好意度に色の効果が出ないのは,描画命名プライミングの場合(Cave et al., 1996)と同様の結果.
→視覚刺激における潜在記憶は色の変化に鈍感である(Cave et al., 1996).
・再認において,不可能図形にかすかに色の効果あり(F[1,44]=3.06,p<.09).
→色を変えた(赤と緑)追加実験では効果が消失.
→天井効果?
→遅延時間を長く取れば効果が出てくる可能性も?
総合考察
○反転と大きさの変形は,再認は阻害するものの,好意度には影響しない.
・これらの変形による再認との分離は,描画命名や対象判定プライミング課題でも見られる(Biederman &
E. E. Cooper, 1991,1992;L. A. Cooper, Schacter, Ballesteros, & Moore, 1992).
→好意度が潜在記憶指標であることが示唆される.
→描画命名,対象判定プライミング課題,ないしは好意度判断であっても,反転と大きさの変形(刺激の形は変わらない)は影響しない.
○可能図形は不可能図形と比べて再認・好意度判断がされやすい.また,いずれの評定値もチャンスレベルを大きく上回る.
・Seamon et al.(1995)が,同じ材料,手続きを用いて同様の結果を出している.
・Schacter et al.(1990, 1991)では,不可能図形において対象判定プライミングが検出されていない.
→可能・不可能図形の知覚的な複雑さを等質にすれば,プライミング効果はあらわれる(Carrasco & Seamon, 1996)
○これらの結果は,顕在記憶と潜在課題の出力系の違いを反映していると考えられる(L. A. Cooper et
al., 1992;Schacter et al.,
1990, 1991).
エピソード記憶系:再認に関与.ある対象を他から分離する際には,その対象についての空間的,時間的,文脈的,意味的情報が用いられる.
→左右反転や大きさの変形といった空間的次元の変化が,再認を阻害したと考えられる.
構造描写系:対象判定プライミングに関与.上述のような分類的特徴はコード化されず,部分に基づいた三次元表象を算定するために,視覚的対象の要素間の構造的な関係を分析する.
→このシステムからの表象は知覚的構造の一致のみをコード化しているために,反転や大きさ・色の変化といった構造描写を変えない表面的な変形には影響を受けない.
○上記のアプローチを単純接触効果のパラダイムに適用すると,再認と好意度の分離は異なる記憶系の出力に帰属される.
・再認は,エピソード記憶系に基づいているために,左右反転や大きさといった刺激の変化に敏感である.
・好意度は,対象判定プライミングと同様に構造描写系に基づいており,左右反転や大きさの変化はコード化されていないために,これらの変形には鈍感である.
○これらの解釈は,知覚的流暢性説(Jacoby &
Dallas, 1981)に一致する.
・未知刺激への単純接触は,それらを処理するのに伴って親近性を上昇させる(Seamon et al., 1983).
・学習刺激と未学習刺激が対呈示されたときに学習刺激をより好むのは,知覚的流暢性の違いによる(Bornstein, 1992;Bornstein & D’Agostino,
1992).
○今回の結果を適用すると,
・学習刺激が未学習刺激に比べて処理が容易であるのは,それらの刺激の構造描写が表象されているからである.
→この考えによると,単純接触効果パラダイムにおいて視覚刺激の好意度を決定するものは,情動的反応よりもむしろ構造描写表象である.
○潜在記憶を支える表象の性質については未だに多くの論争がある.
・描画命名課題において,馴染のある刺激を奥向きに転回させてもプライミング効果は減じなかった(Biederman &
Gerhardstein, 1993)
→これらの表象には奥方向への転回や位置の詳述も欠けていると指摘.
対象再認モデル:プライミングや再認を支える表象は観察者中心であり,方位特有のものである.
・二次元において左右反転がプライミングに効果をもたないのは,より一般的な三次元においての方向付けにおける例外かもしれない.
今後の課題
奥方向への変形を,様々な潜在記憶指標を用いて調べる必要がある.