BBS 2002.6.26 D2 松田憲
The Mere Exposure Effect Is
Differentially Sensitive to Different
Judgment Tasks
John G. Seamon, Patricia A. McKenna and Neil Binder
Consciousness and Cognition 7, 85-102 (1998)
○単純接触効果
新規刺激の繰り返しの接触が,その刺激に対する好感度を高める(Zajonc,1968).
○無意識的単純接触効果
Wilson(1979)‥‥聴覚刺激の繰り返し呈示によって,符号化と後の再認が両耳分離刺激法によって損なわれている時でさえも魅力性を持ち得る.
Kunst-Wilson & Zajonc(1980)‥‥刺激の閾値下呈示(1ms)により再認意識が欠如した状態でも選好課題では経験済みの刺激を高い確率で選択.
→被験者は再認意識無しに先行呈示刺激を好む(例えばBonnano &
Stilings, 1986; Bornstein, Leone, & Galley, 1987; Seamon, Brody, &
Kauff, 1983).
○Zajonc(1980)の主張‥‥好意度評定(preferendaという刺激特徴に基づく)は認知的処理(discriminandaに基づく)と独立しており,且つ先行して行われる.
・preferenda‥‥大まかな全体的特徴であり,再認判断を行うには不十分.
・discriminanda‥‥分類や再認を可能にする,刺激の描写できる要素に基づいている.
○様々な反証意見
・preferendaとdiscriminandaを区分するような実証データがない(Seamon et al.,
1983).
・好意度のみに特有なものではない→単語やアートスライドについての非評価的知識は,評価的知識を要する評定よりも速く行われる(Mandler &
Shebo, 1983).
・認知的反応と情動反応は区分されうるかがわからない(Lazaras, 1984).
implicit memory
based on perceptual fluency
○知覚的流暢性
刺激への単純接触によって,刺激に対する知覚情報処理レベルでの処理効率が高まり,ある種の促進効果が発生する(Jacoby &
Dallas, 1981).
○Seamon et al.(1983)‥‥Mandler(1980)の2過程再認モデル(刺激の親近性or記憶探索)による説明.
・新旧項目による選好テストにおいて,被験者が先行呈示刺激を好むのは,それらを事前に処理したことによる親近性による.
・親近性評定が記憶探索と独立に行われるために,刺激の事前の文脈が想起されず,被験者は再認意識無しに先行呈示刺激を好む.
←再認意識の欠如した状態でのターゲット選択は,好意度判断と同様に親近性評定でも見られる(Bonnano &
Stillings, 1986).
○好意度判断テストは潜在記憶測度としての一面を持つ(Seamon et al.,
1995, 1997).
・好意度と再認は,プライミングと再認の分離手続きで同様に分離可能である(例えばCooper, Schacter,
Ballesteros, & Moore, 1992; Schacter, Cooper, & Delaney, 1990).
←学習-テスト間で刺激が変形すると(例えば大きさ,左右反転)再認成績は阻害されるが,対象決定プライミング(Cooper et al.,
1992)や好意度判断(Seamon et al.,
1997)は阻害されない.
*先行情報の意図的想起が顕在記憶,無意図的想起を潜在記憶と定義するならば,単純接触効果は知覚的流暢性に基づいた潜在記憶と見なせる.
○Mandler, Nakamura & Van Zandt(1987)‥‥無意味な多角形を5回ずつ2msで瞬間呈示し,再認,好意度,嫌悪度,明るさ,暗さの強制選択課題.
‥‥その結果,再認意識が欠如した状態においても,好意度,明るさ,暗さの判断には単純接触効果が見られたが,嫌悪判断では見られず.
←Bonnano & Stillings(1986)とほぼ同様の結果.
・単なる繰り返しの接触は文脈的参照を欠如させる?
・ターゲットの表象における文脈的参照を欠如が再認を阻害すると同時に,それらの表象の自動的活動が,想起を要しない評定において,被験者を経験済みの刺激へと導く?
○明るさと暗さという意味的に両極を成すいずれの尺度においても選択率が上昇.
→単純接触効果は,刺激に関連する尺度であれば先行刺激の処理を促進させる.
例えば,3次元ポリゴンに対して,明るさや暗さ評定では生じるが,味や匂いでは生じない.
○再認意識が欠如した状態で,明るさと暗さの両方の尺度でターゲットが選択される.
→単純接触効果のパフォーマンスは,好意的な処理が根本を成していない?
○先行研究が2本(Mandler et al.,
1987; Bonnano & Stillings, 1986)しかない.
→本研究では,以下のことを検討するために2つの実験を行う.
・好意度以外の評定課題が確実に単純接触効果を生むかどうか.
・もし非特定活性仮説が単純接触効果の説明として適合性が高ければ,様々な実験状況において,明るさ,暗さ判断に好意度と同種の接触効果がみられるだろう.
○もし評定が非特定活性のみを基盤にしているならば(非特定活性仮説),被験者は明るさ,暗さ,好意度,嫌悪度のいずれの評定においてもターゲット刺激をチャンスレベル以上に選択するだろう.
○単純接触効果が好意的処理(好意度卓越仮説)や知覚的流暢性(知覚的流暢性仮説)に基づいていれば,異なる結果が得られるだろう.
・明るさ,暗さの判断は好意的処理が欠如し,単なる照度判断である.
→双方の尺度ともにターゲット選択はなされない?
・好意度,嫌悪度判断においては,
→好意度卓越仮説では単純接触効果の背後に好意的処理を想定しているので,好意度ではターゲット語が選択されるが,嫌悪度判断ではディストラクタが選択されると予測.
→知覚的流暢性仮説では同様の結果を予測するが,その背後に親近性の高い刺激,低い刺激の処理の容易さの影響を想定.好意度は処理がしやすいターゲット刺激が,嫌悪度は処理の困難なディストラクタが選択されると予測.
方法
被験者 大学生40名(17-24歳)
材料と装置 刺激材料は20角形の2次元無意味図形(Vanderplas & Garvin, 1959)で,Bonnano & Stillings(1986)とMandler et al.(1987)で用いられたものと同一.全20種の刺激のうち半数がターゲット刺激,もう半数がディストラクタ刺激.予備調査の結果,ターゲットとディストラクタの親近性,好意度,再認成績に差はなし.
刺激はタキストスコープによって暗室内の75×90cmのスクリーンに黒地に赤で映写.被験者とスクリーンの距離は2.5mで,視角は約1.92°.
手続き 学習‥‥10個の刺激が5回ずつ計50回の連続呈示.呈示時間は8ms,マスク刺激は30ms,刺激間インターバルは2.5s.方向付け課題は無し.
→マスク刺激の存在は,再認が不可能な場合でも(呈示時間2-8ms),可能な場合でも(呈示時間12-48ms),単純接触効果の生起を抑制しない.
テスト(前半)‥‥10試行のテスト.スクリーン上の新旧刺激の左右一対刺激呈示が1s,テスト間インターバルは被験者ペースで約5秒.3群に分けられた被験者がそれぞれ明るさ(10名),暗さ(10名),再認(20名)の各判断を,刺激の大きさに関わらずに評定.評定方法は評定用紙の「左」「右」をまるで囲むというもの.
テスト(後半)‥‥テスト(前半)終了後に,明るさ評定群と暗さ判断群のそれぞれ半数が好意度判断,もう半数が嫌悪度判断.後半テストの事前予告はなされず.
○テストの目的
・もし明るさ,暗さ評定が観察されない状態でも,実験状況が単純接触効果の生起条件を満たしているかを調べる.
・好意度と嫌悪度が同様の結果を持つか,それとも反対の結果となるかを調べる.
結果と考察
再認記憶 ターゲット選択率がチャンスレベルを上回った(t(19)=2.05, p<.05).
‥‥同一の刺激と実験状況で行ったSeamon et al.(1984)と異なる結果.
←呈示時間8msは,再認可能-不可能のおおよその閾値?
‥‥Seamon et al.(1984)では,呈示時間8msでは再認はチャンスレベル(53%)だが,12msでは再認可能(73%)となる.
明るさ・暗さ判断 どちらの尺度も同様の結果となり(t(18)=.33, p>.25),双方ともターゲット選択率がチャンスレベルを上回ることはなかった.
好意度・嫌悪度判断 好意度ではターゲットが選択され(t(9)=2.06, p<.05),嫌悪度ではディストラクタが選択された(t(9)=3.74, p<.005).
○今回の結果は,明るさ-暗さの区別ができない状況においても好意度と嫌悪度は区別され,しかも嫌悪度は好意度と逆向きの評定となることを示すものである.
嫌悪度判断の再現
○今回の結果は嫌悪度判断がチャンスレベルから大きく逸脱したことを示す最初の結果.
→新たな20名の被験者で,呈示時間を100msに変更して嫌悪度判断の結果の再現を目論む.
・呈示時間を延ばすことで,被験者が再認時判断においてターゲットを,嫌悪度判断においてディストラクタを選択する可能性を高める.
・明るさ暗さ判断を挿まずに,学習直後に評定を行っても嫌悪度判断において同様の結果が得られるかを調べる.
結果 再認判断におけるターゲット選択率はチャンスレベルを大きく上回った(80%:t(9)=8.21, p<.001)ものの,嫌悪度判断に及ぼした促進効果は微小であった(32%:t(9)=4.07, p<.005).
→嫌悪度判断は実験状況にあまり左右されずに,好意度判断よりも強いものである.
○非特定活性仮説立案の基となったMandler et al.(1987)で得られた明るさ,暗さ判断に対する単純接触効果が実験1では見られず,一方で先行研究では現れていない嫌悪度と再認には効果が見られた.
・明るさ,暗さ判断には無意識が重要な決定要素になっている可能性.
→呈示時間を8msから6msに縮めて実験を行う.
方法
被験者 大学生72名.
材料と装置 刺激材料は20個の4-8角形(Vanderplas & Garvin, 1959).スクリーンまでの距離は2.7mで,視角は約2.22°.被験者によってターゲットとディストラクタを入れ替えることでカウンターバランス.それ以外は実験1と同一.
手続き 学習‥‥10個の刺激が5回ずつ計50回の連続呈示.呈示時間は6ms,マスク刺激は30ms,刺激間インターバルは2.5s.カバーストーリーは暗室における暗順応.
テスト‥‥10試行のテスト.スクリーン上の新旧刺激の左右一対刺激呈示が3s,テスト間インターバルは被験者ペースで約3秒.24名ずつの3群に分けられた被験者がそれぞれ明るさ,暗さ,再認の各判断.再認判断群のみ,一対の片方は先行呈示刺激であることを教示.ターゲットとディストラクタのペアは辺の数が一致.それ以外は実験1と同一.
結果と考察
再認記憶 被験者は再認記憶に基づいたターゲット-ディストラクタ間の区別ができなかった(t(23)=0.41, p>.25).刺激セット間の再認成績の差も無かった(t(22)=0.62, p>.25).
明るさ・暗さ判断 今回も尺度間の差は無く(F<1.0),双方ともターゲット選択率がチャンスレベルからの逸脱はなかった.刺激セット間の差も無かった(F(1, 44)=1.89, p>.10).
追加の再認記憶と好意度判断
○新たな被験者30名を対象に,再認がチャンスレベルであることの証明と,同じ実験状況において単純接触効果による好意度の上昇が見られるかを検討.
再認記憶 最初の24名と同様,ターゲット選択率はチャンスレベルに留まった(t(14)=1.09, p>.10).全39名でも同様(52.8%:t(38)=0.93, p>.15).
好意度判断 好意度ではターゲットが有意に選択された(t(14)=2.84, p<.01).
‥‥被験者は再認意識が欠如した状況において,ターゲットをディストラクタと比較して明るいとも暗いとも感じていなくても,ターゲット刺激を好む.
→明るさ,暗さ判断における単純接触効果はMandler et al.(1987)のみで得られたもの.
General
discussion
○実験の目的‥‥好意度判断以外の尺度で単純接触効果が表出するかの検討.
○得られた知見
・明るさ,暗さ判断における単純接触効果は,再認可能な場合でも(実験1)不可能な場合でも(実験2)見られない.
・好意度判断では,両実験においてターゲット選択率はチャンスレベルを上回った.
・嫌悪度判断はディストラクタ選択率がチャンスレベルを上回った(実験1).
○仮説の検証
・上記の結果より,非特定活性仮説は棄却.
・好意度卓越仮説と知覚的流暢性仮説の両方とも今回の結果の説明が可能.
→どちらか一方の仮説に効く要因を挙げ,2つの仮説の区別について議論の必要あり.
Evidence
That Favors the Affective Primacy Hypothesis
○好意度と認知的処理が広範に独立し好意的処理が根源的であることを示す生理学的知見
・相貌失認患者は顔の情動表出を見分けることができるが特定の顔の区別ができない(例えば,Ellis, 1986)一方,対人情動失認患者は顔の特定はできるが情動表出の認識はできない(例えば,Kurucz, Feldmar, & Werner, 1979).
→情動の特定と顔の再認は別の処理に基づいている.
・動物研究より,扁桃体は情動反応に重要な役割を担う一方で,海馬は記憶にとって重要(例えば,Zola-Morgan, Squire, Alvarez-Royo, & Clower, 1991).
→好意度と認知的処理には異なる解剖学的構造が関わっている(Murphy & Zajonc, 1993).
・視床から扁桃体へ流れる感覚信号は,視床から皮質の感覚野に流れるものと比べて速い(例えば,Ledoux, 1984).
→「それが何であるかを知らなくても我々はそれを好むことができる」(Murphy & Zajonc, 1993).
Evidence That Favors the Perceptual Fluency Hypothesis
○再認意識無しに先行呈示刺激を好むのは,単純接触効果が潜在記憶と見なす事で説明が出来る(例えば,Schacter, 1987; Squire, 1992).
・顕在-潜在記憶を分離可能な変数によって,再認と好意度判断で異なるパフォーマンス(Seamon et al., 1995, 1997).
○好意度判断が潜在記憶に基底されることを示すこと≠好意度判断が知覚的流暢性に基づいている.
→好意的処理の欠けた状態の好意度判断の結果を示すことで分離可能.
・コルサコフ症候群(認知レベルでは,最近の情報には逆向性,新奇刺激には順向性健忘.情動性に関しては鈍く,無関心)の患者に新奇の音楽を聞かせた結果,統制群と比較して,再認は阻害されていたが,好意度評定において単純接触効果が見られた(Johnson, Kim & Risse, 1985).
→患者は経験済みの刺激には無関心であることから,好意度評定は刺激処理の流暢性に従ったものと解釈可能.
・相貌失認患者L.F.(視覚は正常であるが,情動的刺激に対しては無関心.扁桃体を含む大脳辺縁系が,視覚刺激を処理する神経系反応から分断.Bauer, 1982)と健常者に新奇な顔写真の単純接触効果実験を行わせたところ,健常者が再認と好意度反応においてターゲット顔を選択した一方で,L.F.では再認が欠如し,好意度に単純接触効果が見られた(Greve & Bauer, 1990).
→L.F.は知覚的流暢性に基づいて好意度判断を行っており,この結果は好意度卓越仮説に疑問を呈する.
Potential
Cognitive Neuroscience Methods for Distinguishing the Affective Primacy and
Perceptual Fluency Hypotheses
認知的な神経科学の4つの異なる分野における研究が,これらの仮説の直接的課題の可能性を提供する.
○第1に,対人情動失認患者は顔の特定はできるが情動表出の同定はできない.
・これらの患者は好意度と認知の分離を示す(Murphy & Zajonc, 1993).
→好意度卓越仮説では,彼らは先行呈示顔の再認はできても,それを好まないと予想.
→知覚的流暢性仮説では,刺激の親近性の介在を想定しているので,再認,好意度の双方が先行呈示顔に対して高まると予想.
○第2に,同様の予測が扁桃体損傷患者やUrban-Wiethe病(扁桃体のみが損傷を受ける遺伝性の病気)患者に対しても可能である.
・扁桃体は情動処理において重要な部位であり(Murphy & Zajonc, 1993),情動ネットワークにおける主要な構成要素として機能することで,情動において中心的な役割を担っている(例えばAggleton & Mishkin, 1986; LeDoux, 1993).
・Urban-Wiethe病患者は情動的材料に対して選択的な記憶損傷を見せる.
→好意度卓越仮説では,扁桃体損傷患者は先行呈示刺激に対して,再認では新奇刺激と比較して選択率は高まるが,好意度判断ではその様な効果は見られないと予測.
→知覚的流暢性仮説では,扁桃体の損傷は課題遂行に対する効果を持たず,再認でも好意度判断でも先行呈示刺激が選択されると予測.
○第3に,H.M.(てんかん手術で扁桃体と海馬を切除)は,顕在記憶は損傷を受けているが潜在記憶には問題が無い.また,好的情動表出が見られない(Corkin, 1984).
・H.M.に対して単純接触効果実験を行った実験は無い.
・H.M.は潜在記憶は正常であり(Gabrieli, Milbarg, Keane, & Corkin, 1990),単純接触効果は潜在記憶指標としての機能を持つ(Seamon et al., 1995, 1997).
→好意度卓越仮説では,H.M.は先行呈示刺激に対して好意度も再認意識も示さないと予測.
→知覚的流暢性仮説では,H.M.はそれらの刺激に好感を持つが再認意識は欠如していると予測.
○第4に,PETでは,正常な被験者に異なる心的課題を行わせると脳内の異なる部位の血流変化が観測できる(例えば,Schacter et al. 1995; Squire et al. 1992).
・3次元線画の対象プライミング課題を行わせると下部側頭葉が活性化されるが,再認課題では海馬が活性化(Schacter et al. 1995).
→好意度卓越仮説では,好意度判断中は扁桃体とその関連部位が活性化すると予測.
→知覚的流暢性仮説では,異なる部分(例えば下部側頭葉)が活性化すると予測.
○結論
・刺激に対する関連尺度が必ずしも単純接触効果を引き起こさないことを示唆.
→むしろ,異なる尺度に応じて異なる反応.
・好意度卓越仮説と知覚的流暢性仮説の分離が最重要課題.
→認知的神経科学研究がこれらの仮説を分離する方法を提供する可能性が高い.