小島(文学研究科)

Representations of motion and direction.   Price,-Christy-M;Gilden,-David-L

Journal-of-Experimental-Psychology:-Human-Perception-and-Performance. 2000 Feb;Vol 26(1): 18-30.

本研究では、6つの再認実験で、運動の種類と方向に関する偶発的な記憶がテストされた。従って、全実験を通して、被験者には実験が何の記憶実験であるか等は秘された。

 実験1では、移動(Translation)と回転(Rotation)に関する再認実験が行われた。その際、運動の種類が移動であれば、その方向が右か左か、回転であれば時計周りか反時計周りかを指標として、既知の運動であったか否かを答えさせた。結果は、移動方向に関する記憶は再認成績が良いということであった。

 実験2では、拡大・縮小の運動を扱った。被験者は、再認時に、拡大であったか縮小であったかを指標として回答した。結果は、拡大・縮小に関する再認成績は移動方向に関する実験1での成績よりも良かった。

 実験3では、移動と回転が複合した刺激(Rolling)で実験を行った。この場合想定される反応は、「移動に関する判断の正否×回転に関する方向の正否」で、4通りであった。結果は、複合的な動きの場合でも、移動に関する方向の再認成績は良いが、回転方向に関する記憶は成績が悪かった。

 実験4では、回転の刺激に対して、これを部分的に隠蔽した場合に再認成績が変化するか否かを検討した。これは、移動運動はDynamic Occlusionを行うが、回転運動は行わないことから、回転運動の上部あるいは下部を隠蔽して運動を見せることで、非隠蔽部で部分的にDynamic Occlusionを形成した場合、はたしてその効果で回転運動方向の再認成績が変化するかを調べる事で、対象の移動(置換)が方向の記憶に重要であるか否かを検証するものであった。結果は、隠蔽部の位置(上部を隠したか、下部を隠したか)に関する記憶成績は良かったが、回転方向に関する再認成績はこれまでの実験結果と同様のものであったことから、実際に全体の移動(置換)が見られることが重要であることが示唆された。

 回転に関する再認成績が悪い事がいくつかの実験で検証されたが、これまでの実験での回転の刺激は、回転の中心が運動体の内部に設定されていた。それでは、回転の中心が外部にある種類の運動ではどうであろうか。この運動をRevolutionと名づけて、実験5ではこの運動の回転方向に関する再認課題を行った。この際、回転に応じて運動体自体の向きが変化しない場合と、変化する場合とを区別した。結果は、反時計周りに関しては成績が悪かったが、時計周りに関しては成績が良かった。また、運動体自体の向きが変化しない場合とする場合とでは、前者の場合の方が比較的再認成績が良く後者の場合では実験1での結果とあまり変らないことがわかった。この結果から、回転運動にはかなりの時計周りに関するバイアスが働いていること、回転の中心がどこであるかはあまり重要ではないこと、運動方向の記憶には移動であるとの認識が強く出る場合の方が重要である事が示唆された。

 実験6では、これまでのデータを基に、共通運命の要因が見られる刺激を用いて、RevolutionとRotationが知覚的補間、ことに部分と全体の問題を考えるに重要であることを示した。結果的に、運動体が単独である場合は回転に応じて運動体自体の向きが変化する実験5の結果と一致したが、共通運命の要因が生じている刺激の場合は、実験1でのRotationの成績と似た結果となり、再認成績が落ちた。このことから、部分と全体では、動きの記憶表象に関しては、まず全体としての表象が優先的に形成されるのではないかということが示唆された。

 本研究での結果をまとめると、運動方向に関する再認成績は拡大・縮小、移動、回転の順に良く、回転の方向に関しては、偶発的な記憶はほとんど残らず、時計周りに関して強いバイアスが働く事が示唆された。また、運動の記憶表象において重要な事は、全体としての運動方向が時間の経過に従って空間的に広範に変化するということであることが示唆された。さらに、全実験に関して、対象の運動方向以外にも、被験者には運動体の種類、運動の種類などについて再認してもらったが、どれも結果は良好であった。このことから、生理学的に視覚情報処理が物体認識と空間位置とで異なる経路を取るという知見と一致するということも言える。