本講座は教育学分野と教育史分野から成る。教育学分野は、人間の生成と実践を含む教育の諸課題を哲学的・思想史的に探求すると同時に、歴史人類学などの成果にもとづきつつ、教育文化を幅広く考察対象としている。教育史分野は、教育の思想や文化、制度や実践等を、歴史研究の方法によって解明している。いずれも教育を、近代の学校教育に限ることなく大きな歴史や社会の視点からとらえるとともに、教育的営為がもつ多義的な側面に留意し、教育および教育学を反省的にとらえようとする視点を重視し、現代の教育や人間に関わる諸問題を学問的に読み解くよう、つとめている。

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鈴木 晶子(すずき しょうこ)教授

教育哲学:教育詩学・歴史人類学

人聞は環境世界との関係の中で、何をどのように学び、次世代に伝えているのだろうか?伝統的なわざの修練における創造的模倣(ミメーシス)はもちろんのこと、儀礼や儀式における演劇的行動(パフォーマンス)を通して、人聞は理性や悟性といった知性だけではなく、身体や感性・感情を働かせて学んでいる。その人らしさといったいわば個性や流儀(スタイル)を把握する能力(タクト)を学習の鍵として捉える立場から、わざの修練や伝承の場面、学校や家庭、社会での伝達・学習の場面をフィールドとして、詩学や人類学の手法で調査獅究している。

駒込 武(こまごめ たけし)教授

教育史学:植民地教育史

日本の近代と東アジアの近代が交錯する地点で、教育の歴史を考察している。教育は、複数の民族集団のあいだの格差をつくりだし、固定化する傾向を持つと同時に、このような仕組みを認識し、批判し、つくりかえていく力をもたらしもする。そうした両義性に着目しながら研究を進めている。著書として、『世界史のなかの台湾植民地支配―台南長老教中学校からの視座』(2015年)、『戦時下学問の統制と動員』(2011年、共編)、『帝国と学校』(2007年、共編)など。

日本の近代と東アジアの近代が交錯する地点で、教育の歴史を考察している。教育は、複数の民族集団のあいだの格差をつくりだし、固定化する傾向を持つと同時に、このような仕組みを認識し、批判し、っくりかえていく力をもたらしもする。そうした両義性に着目しながら研究を進めている。著書として、『世界史のなかの台湾植民地支配一台南長老教中学校からの視座』(2015年)、『戦時下学問の統制と動員』(2011年、共編)、『帝国と学校』(2007年、共編)など。

Homepage: http://jshse.educ.kyoto-u.ac.jp/

山名 淳(やまな じゅん)准教授

教育哲学:教育思想研究、教育学説史

今日における人間形成や教育の問題を考えるために、人間の変容とそれに介入する営み(=教育)に関する捉え方の変遷を、歴史的・社会的文脈の変化との照合関係をも意識しつつ辿ることを試みている。ドイツの教育思想史を主たるフィールドとしており、19・20世紀転換期における新教育運動の理論および実践の研究を主要テーマとしてかかげている。理論的にはルーマンのシステム理論を基盤にして、人間形成に関する制度の哲学的考察を構想している。

田中 智子(たなか ともこ)准教授

教育史学:近代日本高等教育史

日本の近代とはすなわち「学校創設の時代」である――と思わせるほど、明治の地方紙は教育関係の記事に満ちている。資金も人材も足りないがゆえに、地方長官、府県の役人、議員、宣教師、医師、学者、旧藩主、そして文部省等々、多様な主体がからみ合って教育の場が形づくられていく。その混沌とした実態と制度を研究してきた。「官立」「公立」「私立」の境界も流動的な開化期から、徐々に枠組みが整い出し、関係勢力も変容する20世紀以降へと手を拡げつつある。

VAN STEENPAAL, Niels(ファンステーンパール ニールス)准教授

 教育史学:近世教育・思想史、メディア、道徳文化

近世日本の教育史において、義務教育がなかったという点は、もっとも重大な前提であり、我々の現代的な常識を捉えなおせる視点でもある。つまり、政府によって教育内容はもちろん、教育それ自体が規制されていない環境の中、人々はいったい何を、何のために勉強していたのか。そして、そのために必要となる知をどのようにして手に入れていたのか。この根本的問いと葛藤することを通じて、近世的な人間形成の有り様を解明するのが研究の基盤となる。もう少し絞った課題として、道徳を一人個人の「主体性」の問題としてではなく、環境や物質文化と密接する文化的表象としてとらえる、「道徳文化」の研究を行っている。